進化論の入門書

 きのうの続き。ダニエル・デネットの最新作で『ダーウィン〜』の続編ともいうべきFreedom Evolvesは、哲学史上の難問中の難問である「自由意志」の問題を、進化論のパースペクティヴから解決することに挑んだ野心的な著作である。この本を大学院の授業のテキストにして読んでいたのだが、期待したよりポップ・サイエンス風の書きっぷりで、哲学的厳密さがあまり追い求められていないという印象が残り、ちょっと物足りなかった。
 デネットの理屈の核は、自由意志は決定論とは無縁であるということだ。たとえ物質レベルの因果関係が「決定論」的なものであったとしても、高次の「デザイン・レベル」における「自由」は確保されるのだと、デネットは執拗に繰り返す。しかし、たしか一昨年あたりの『思想』で、柴田正良氏が、門脇俊介『理由の空間の現象学』の書評のなかで書いていたと記憶しているのだが、デネットの議論の進め方には「とにかくそう信じろ」と言われているような感じのするところがあり、Freedom Evovlesでも、これまでの哲学的議論を詳細に検討せずにあっさり片づけてしまって、「物質的な意味での世界が決定論的に出来ていたとしても、だからといって人間は自由じゃないなどと考える必要はさらさらないのだ」ということを信じない輩は、『ダーウィン〜』でアンチ・ダーウィニズムの象徴として繰り返された「スカイフック」の信徒だということにされてしまうのである。
 そりゃたしかにデネットの言うように、たとえ決定論的な世界観の下においてであっても、僕らは牢屋で鎖に繋がれているよりは「自由」に行動できるほうを選好するのであって、したがって「決定論」と「自由」は背反しないというのはもっともなのだが、うーん、そういう話でいいんだろうか? もしかしたら僕がデネットの言いたいことをよく理解できていないのかもしれない、とひとまず逃げを打っておこう。

 昨日の話題に興味を持ってくれた学生諸君のために。これまでに僕が読んだ進化論の入門書で最高だったのは、河田雅圭『はじめての進化論』。バランス良く丁寧な記述で、ダーウィニズムの理屈の基本が頭に染みてきた。ずっと前に品切れになってしまったが、素晴らしいことに、著者のウェブサイトで全文を読むことができる(http://meme.biology.tohoku.ac.jp/INTROEVOL/index.html)。もっと幅広い話題を、しかも豊富なビジュアルとともに楽しく概観することができるのが、アメリカのサイエンス・ライターであるカール・ジンマーの『「進化」大全』。ただし大判で、値段も6000円もするのが玉にキズだ。ジンマー氏のウェブサイトにはブログもあり、最近では「宗教遺伝子」云々など、ホットな話題が扱われている。