Brian Eno

 このところ、ブライアン・イーノばかり聴いている。若い音楽ファンにとってはイーノなんてすでに歴史上の人物、あるいはせいぜいU2のプロデュースで名前を見たことがあるという程度の存在かもしれないが、骨の芯まで染みるポップが聴きたいなら、ぜひソロ作品を聴いてみてほしい。
 『ミュージック・フォー・エアポーツ』とか『サーズデイ・アフタヌーン』などのアンビエント作品もいいが、僕は初期のポップな作品が大好きだ。ファンのあいだで最高傑作と呼ぶ人の多い『アナザー・グリーン・ワールド』ももちろん良いのだが、切なさという点では、「サム・オブ・ゼム・アー・オールド」「ヒア・カム・ザ・ウォーム・ジェッツ」で終わる1stの『ヒア・カムズ・ザ・ウォーム・ジェッツ』がいちばんだと思う。ジャケットも素晴らしいので、ぜひ国内版の限定紙ジャケがあるあいだに入手することをお勧めする(音質も良い。輸入盤はCCCDなので避けた方がいい)。セカンドの『テイキング・タイガー・マウンテン』も、ねじくれた哀しみという点では負けていない。
 でもなんと言っても『ビフォア・アンド・アフター・サイエンス』。明るく楽しく胸を締めつけ不安にさせるポップとして、これに敵うアルバムはない。なんたって「バイ・ディス・リバー」が入っているのだ。イタリア映画の佳作『息子の部屋』の後半で、中学生の息子を事故でなくした父親が、息子の気持ちを追想しようとして、レコード店で若者の聴く音楽を尋ねたときに、店員に推薦されて試聴したのがこの曲だった(ちなみに『息子の部屋』という映画は、決して悪くはないのだが、「バイ・ディス・リバー」が使われていなければ、「裕福な精神科医の父親と超美人の母親を持つ平凡な中学生の息子が海でおぼれて死んだ」という要約から突出するものは特にない)。

here we are
stuck by this river
you and I
underneath the sky that's ever falling down, down, down
ever falling down

through the day
as if on an ocean
waiting here
always failing to remember why we came, came, came
I wonder why we came

you talk to me
as if from a distance
and I reply
with impressions chosen from another time, time, time
from another time

 いまのところ、歌入り作品としては最新の『アナザー・デイ・オン・アース』(もうこの系統は出ないだろうと思われていたのに、昨年の夏に突然リリースされてファンを戸惑わせ、喜ばせた)も、練り上げられた作りで、とっても良いが、どうしてもいまひとつ鋭角性に欠けるのは仕方のないことだろうか。それは、ちょうど(イーノの盟友でもある)ダニエル・ラノワの『シャイン』が、美しく隙のない音世界を構築した傑作でありながら(オーディオ的にも高く評価されている)、かつての『アカディ』(最近再発された、「ザ・メイカー」は聞きもの)のような突き抜け感をもたらさないことと似ている。U2『ハウ・トゥ・ディスマントル・アトミック・ボム』もほぼ同じような印象だったし、それが歳をとる、言い方を変えれば経験を重ねるということで、しょうがないのかな。でも、かつて水上はるこ氏がどこかで、どんなアーティストも最高傑作は最初の1枚か2枚だと言っていたのが、いまになってわかるような気もする。