若き数学者のアメリカ

 ゆるゆると部数を伸ばし、ついにあの『バカの壁』をも超える最短期間で200万部に達したという藤原正彦の『国家の品格』はあんまり読みたい気がしないが、同じ著者の『若き数学者のアメリカ』は大好きな本だ。1970年代のアメリカ合州国における若き藤原正彦のささやかな、かつ大胆な冒険譚。少々(というか、かなり)大仰な詠嘆調の文章に親しさを覚えた。とりわけ印象に残ったのは、孤独に耐えかねた著者が街に出て、野球のチケットを片手にひたすらナンパに励むが、まったく無視されて打ちひしがれる様子、そして、ある大学で集団ストリーキングが断行された夜、どうしてもうずく気持ちを抑えられず、自分も全裸になって宿舎から外気の中へ駆けだすときの高揚感をめぐる描写だった。そして、すぐれた資質をもちながら、ついにそれを伸ばすことのできなかった女子学生との文通にみせる思慮深さ。現在の著者は、あの愛すべき侠気をなお勁く保持し続けているのだろうか。