「親学」とゲーム脳

 きのうは東京都が第三次男女平等参画審議会委員に高橋史朗明星大学教授)を選んだことに対する「憂慮」表明のため都庁に出向いた。高橋氏が「男女平等」についてどういうことを言ってきたかについては、数日前にもリンクしたこちらの後半部分が資料集になっているので、目を通してみてください。
 自分は男女平等に反対しているわけではないという言い回しで煙に巻いている部分もあるが、ひとことで言えばこの人の世界観は「人間には性差しかない」と言っているのに等しい。男がみんな同じわけではなく、女どうしの中にも違いがあるという、あたりまえというのもバカらしいような個人差(個性)という常識的事実をまったく無視しているわけである。こういう著しく<偏った>あるいは<バランスを欠いた>見方から、フェミニストジェンダー・フリー論者が「性差を否定」しているといった暴論も出てくるのだろう。もちろんほとんどのフェミニストは、事実として性差があることそのものを「否定」(そもそも、ここではどういう意味かよくわからないのだが)などしていない。おそらく、高橋氏にかかれば、「人間には性差も人種差も年齢差もあるだろうが、個人差だってあるだろう」という穏当きわまりない意見も「性差の否定」になるのではないか。このあたり、本当はきちんと引用しながら、文言に即して書くべきだとは思うが、いまは時間がないので省略。必要が出てきたらまた書きます。
 ともかく、元「つくる会」副会長うんぬんといったことを別にしても、高橋氏の性差偏重/個性無視の考え方が、東京都男女平等参画基本条例・第二条にある「男女が、性別にかかわりなく個人として尊重され」という理念に反していることは明確だ。それだけでも、審議会委員としてはふさわしくない(ちなみに、上の条例のどこをどう読んでも、「性差の否定」と理解できるような文言は出てこない)。

 と、つい勢いでながながと書いてしまったが、ほんとは高橋氏が埼玉県の上田知事の肝いりもあって進めている「親学」だの「師範塾」だのといった教育運動についての情報メモを書いておきたかったのだ。昨年あたりから高橋氏は、『ゲーム脳の恐怖』によって「トンデモ」愛好者たちのあいだで一躍名を挙げた森昭雄と組んで、「脳科学」に基づいた教育実践なるものを精力的に推進している。もうすでに、埼玉県の公立小学校の校長が、森理論(!)に乗っ取った活動を始めているのだそうだ(ここら辺の経緯については、こちらのブログを参照。残念ながら今年に入ってから更新が止まっているが)。

 いわゆる「ゲーム脳」については、2003年度の第12回トンデモ本大賞にもノミネートされたこともあるし、ウェブをよく読む人なら僕なんかより詳しいだろうが、まだ実像をご存じない方はとりあえずウィキペディア(Wikipedia)の該当項目と、そこからリンクされている文書を読んでみてください。とてもじゃないけど、脳「科学」といえるような代物ではないのだ。

 ウィキペディアからもリンクされている記事精神科医の斎藤環も語っているけど、昨今ベストセラーになる本の中には、人びとの「漠然とした不安」につけ込むようなものが目立つ。もちろん、こんなことは大昔からずっと続いてきたことで、要するに霊感商法のたぐいと同じなのだが、しかし笑ってばかりもいられないのは、これまでは少なくとも自治体首長が国民に得たいのしれない壺を売りつけて大金を巻き上げたりすることはさすがになかったのに、いま埼玉県では知事の肝いりでトンデモな似非脳科学(重複表現ですが)が学校教育の現場に引っ張り込まれつつあるという寒すぎる現実である。まともな脳科学者の専門家の方々、こんなんでいいんですか?