レクイエム

2006年9月11日(月) 【上】

 寒い。今日から冬なのかもしれない。何年か前に、ミシガン湖のほとりの小さな町で一夏を過ごしたことがある。あのときは、9月になってすぐのある夜、雨も降らないのに激しい雷鳴が轟き、雷光が「上から下」ではなく、だだっ広く暗い空を縦横に走り、その次の朝からいきなり気温が摂氏5度ぐらいに下がったのだった。毎年、そうやって夏が終わるということだった。

 このところ寝付きが悪くなっていて、前夜もたぶん午前3時頃まで寝られなかったのだが、なんとか朝8時前に起きて、「グラウンド・ゼロ」に出かけてみた。僕が着いたときはたくさんの人がその周囲を取り囲んでいて、式典会場の中からは次々に犠牲者の名前を読み上げる声が聞こえていた。

 たぶん直接に犠牲者と関わりのあった人たちは会場の中にいるのだろう、周囲にいるのは僕のような物見遊山の人間やジャーナリストが目立つ。もちろん警官も多い。だがそれ以上に目立っているのは、「911の真実を究明せよ!」という揃いのTシャツを着た団体で、百人以上はいると思う。最近また一部で盛り上がりつつある「911=ブッシュ政権の陰謀説」の支持者たちのようだ。もっとも彼らにしても、例のトンデモな「アポロは月に行っていない!」とは違って、すべてがでっち上げであると主張しているわけでもないらしい。

 その団体の人間と、「NAVY」という文字の見えるジャンパーを着た男の人が大声で激しくやりあっている。立派な一眼レフを構えたジャーナリストたちに混じって、僕もしばし彼らの傍らで何を言い合っているのかを聞いていた。NAVY氏が「わかった、おまえたちは言論の自由のために戦えばいい、俺は祖国の安全を守るために戦う」と怒鳴ったところで周囲から拍手が起こる。彼が「俺たちは政治活動のために集まっているんじゃない、追悼のためにここにいるんだ」というとまた拍手。これには「真相究明」Tシャツを着たかなり年配の女性も「私たちだって追悼のためにここにいるのだ」と言い返していた。あちこちでこうした怒鳴り合いに近い議論の応酬が起きているが、この言い合いはかなり理性的なほうで、他の場所では「真相究明」派に対してクレイジーだのファッキンだのとひたすら言い立てている人もいた。こうした様子をデジカメでビデオに撮影したのだが、FC2には動画はアップできないようで、残念ながらまだお見せすることができない。

 マンハッタンの南端に近いグラウンド・ゼロを10時過ぎぐらいに離れて、地下鉄でセントラル・パークのすぐ南側にあるカーネギー・ホールに向かう。ジュリアード音楽院の学生オーケストラによるモーツァルトのレクイエム演奏会が無料で行なわれるのだ。チケットはすぐにもらえたが、整理券のようなもので、席を確保するために長い列に並ぶ。結局1時間半も並んだ。僕は列に並ぶのが嫌いで、日本ではほとんどしなかった経験だ。途中で腹が減ってきて、演奏会の終了まで我慢できそうになかったので、たまたま列の横にいた屋台でホットドッグを買って食べた。おかげでかなり良い席に座ることができた。
 僕はクラシック音楽は中ぐらいの愛好者だが、じつは生で本格的なオーケストラを聴くのは初めてのことだ(明治学院の「音楽礼拝」という催しで学生たちの室内楽ハンドベルを聴いたことぐらいしかない)。観客全員にスコアが配られ、ふむふむと思っていると、指揮者が挨拶のなかで「観客のみなさんも歌ってください。アルトは何人いますか? 手を挙げて! テノールは?」とやり出した。観客は大いに盛り上がり、僕はただのジョークだと思っていたのだが、甘かった。演奏が始まると、僕の左隣に座った恰幅のいいおばさんが、かなり大きな声で「♪レ〜クィエ〜〜ム」と歌い出したのだ。この人だけではなく、あちこちで歌っている人がいる。スコアを見て歌えるだけあって、ヘタではないのだが、さすがに耳の側でやられると気が散って、舞台上の演奏に集中できない。やれやれ、と思ったものの、これも珍しい経験だし、何しろ今日は純粋なコンサートではなく、追悼イベントの一環だからなと考えると、それほど気にはならなくなった。
 演奏そのものは、現在主流のこざっぱりしたもので、NYだからといってかつてのバーンスタインのような悠然と思い入れたっぷりなものではない。僕はバーンスタインの、特にソプラノとして少年合唱団を起用した演奏とか、カラヤンベルリン・フィルが1976年に録音した情感過多の演奏が大好きなのだが(最初にそのレコードを聴いたのが多感な中学生のときだったからかもしれない)、ジュリアードのこの端正な演奏もとても良かった。ただしオーディオ厨の僕としては、菅野沖彦氏が言う「オーディオは生演奏以上のものでありうる」という感覚もよく分かった。カーネギー・ホールの音響よりも、東京の我が家のB&W Nautilus802で聴くCDのほうが、分解能、ダイナミック・レンジ、F特のすべてで遙かに上回っている。臨場感だけはどうしようもないが。

 その後、いったんアパートに帰って洗濯。コインが足りなくて難儀するが、省略。その後、仕事をしていて、外出する予定だった時間を過ぎているのに気づき、慌てて駆け出し、バスに飛び乗った。Encounter Pointという映画の上映会に行くためだ。この話はまた後で。
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