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タウンホールのカサンドラ・ウィルソン

2006年9月20日(水)
 カサンドラ・ウィルソンのライブに行く。アパートから歩いて10分ほどの、タウンホールという場所。
 中に入って初めて知ったのだが、このホールはかなり由緒あるところらしい。何気なく2階に上がってみて、壁に飾ってあるゆかりのミュージシャンたちの写真を見ていたら、アンドレアス・セゴビアやらオスカー・ピーターソンやらに混じって、なぜかサッコ&バンゼッティの写真がある。そしてその隣の写真をやけに熱心に見ているご婦人がいたので、僕も斜め後ろからのぞき込んでみると、目隠しをされたマーガレット・サンガーの写真。ご婦人が立ち去るのを待って解説を読む。1921年の11月某日(メモを持っていなかったので忘れた)、このホールで産児調節の啓蒙講演会を開いたサンガーに対し、官憲が介入して、講演会はたちまち中止になったのだ。目隠しの写真は、それに対するサンガーのサタイアによる抗議の様子を伝える新聞記事のようだ。
 サッコ&バンゼッティのほうは解説を読む余裕がなかったが――ここ2,3日、夜通し何度も建物を出たり入ったりするやつがいて、安眠できず、例によって腹の調子が悪かったので――おそらく彼らの無実を訴える集会がここで開かれたのだろう。
 ニューヨークでは、こんなふうに何気ない場所で、現代史の残像を感じ取ることができる。単純な話で、建物や街が古いのだ。第二次大戦前から建っているビルなんてざらで、それをあちこち修繕しながらやりくりしている。エンパイア・ステート・ビルなんて、飛行機が突っ込んでも倒れずに、そのまま建ちっぱなしなのだから、すごいものだ。
 ニューヨークが何となくカッコいいとしたら、その魅力の何割かは、明らかにこの古さにあるだろう。

 カサンドラはイメージ通りの洒落た黒人女性で、あまりにイメージ通りの身のこなし、余裕の笑顔、深い歌声に、笑ってしまいそうになるほど。この9ヶ月間はミシシッピに帰って、お母さんの世話をしていたそうだ。久しぶりのステージらしい。
 「ニューヨークに比べられる場所はないわ」(←癪なのだが、どうしてもこの「〜だわ」文体でしか訳せないのだ)という台詞に盛り上がる観客に微笑んでから、おもむろにショーは始まった。ちあきなおみや青江美奈をも超える、深いハスキーボイスで、自由自在に歌う。じつはカサンドラはテクニック的にはそんなに「歌が上手い!」ということはないと思うのだが、とにかくディープな感覚がずば抜けていて、思わずのめり込むように耳を傾けるというか、傾聴してしまうのだ。
 その歌を支えるバンドも、最近のCD同様、素晴らしい。遠い夜の森のなかから聞こえてくるような音。とりわけドラムは痺れるほど上手く、シンバルは冷たい雨の滴のようだったし、バスドラムは地響きのようだった。満足。新作はまだ聴いていなかったが、これは買わねばなるまい。

 と、部屋に戻って、この日記を書いていたら、TVでやっているジェイ・レノのトークショーに「ジョーン・ジェット」が出ていた。頑張ってるね。