「カッコいい不良」のロッケンロール

 1985年頃を境にいろいろなことが変わった。突然変わったのではなく、それまでに高まっていた圧力を堰き止めていた堰がついに切れたという気がする。それについていつかまとまったものを書きたいと思っている。とはいえ、いつも通り、思うだけで終わってしまうかも知れないが。

 変わったことの一つに、「カッコいい不良」という幻想の終焉がある。大人には反抗し、暴力沙汰に明け暮れているのだが、学校の成績は悪くてもじつは頭はシャープ、いくつもの運動部から入ってくれと懇願されているがわれ関せず、そして一匹狼なのに人望もあって、敵からも一目置かれている……。もちろんそこまでパーフェクトなやつは実在したはずがないのだが、そこまででなくても、喧嘩ばかりしていてバカだけど気がいいやつ、ぐらいはたくさんいるのだろう、つまり不良というのは本当は「良」で、世の中で品行方正と思われているエリート連中のほうがほんとうは「悪」なのだ、といった幻想である。
 それが幻想であること、要するに、勉強もスポーツもそこそこできるやつはけっこういるし、どっちもできないやつもかなりいる。出来が悪いだけなら別にいいのだが、実際の不良は、自分が尊重してもらった経験がないから他人を尊重することも知らず、弱い者いじめばかりしているし、格闘家みたいにストイックに自分を鍛えたりできるわけではないのでタイマンで喧嘩などできず、大勢で卑劣なリンチをかけて一人を殺したりするぐらいが精一杯のパフォーマンスである。……そういうリアリズムは、80年代の終わりぐらいにはもう覆うべくもなくなっていたように思う。ただ、僕がそれに何となく気づいたのはもう少しあとのことだったけれど。

 これは全くの非生産的な郷愁にすぎないのだが、僕はそうなる以前の、「不良のロック」が大好きだった。もう少し正確に言うと「不良のための」ロックか。その代表はもちろんザ・モッズだ。小学校時代からの友人で、僕のギャグ導師だったOと音楽師匠だったNに連れられて、あの伝説の「雨の日比谷野音」のライブにも行った。1982年?だったっけ。周りの客が黒ずくめで銀色の鎖かなんかをジャラジャラ言わせている脇で、なぜか白と黄色のボーダー柄のTシャツで出かけた僕は妙に目立っていたようで少々ビビっていたけど、ライブが進行するにつれてそんなことはどこかへ吹っ飛び、土砂降りの雨のなか、飛びはね、拳を振り上げ、「Two Punks」を大声で歌った。その頃僕は「トシちゃんパーマ」だったので、びしょびしょになった髪の毛が、それでもくるんくるんと飛んでいた感触をよく覚えている。

 そしてもちろんRCサクセション。こちらはもちろんすでにベテランだったけど、僕が彼らを認知したのはやはり永遠の名盤(ライヴ・アルバム)『ラプソディ』(これは昨年出た「完全版」)でだった。「雨上がりの夜空に」を初めて聴いたとき、いつのまにか涙が出ていた。それからは聴くたびに泣けてきた。いまでも泣けてしまう。なぜだろうか。「雨上がりの夜空に」に、新しいものは何もない。初めて聴いたときから、ただもう無性に懐かしかった。もしも日本に忌野清志郎が存在しなかったら、いまよりも風通しが悪かったことだろう。

 その頃、僕は高校生で、友人(とその頃は思おうとしていた)の一人が同じ学年のやつを指していった、言った「あいつ、いいよなあ、親が金持ちで、テニスクラブを経営してて、それを継ぐんだぜ。未来が開けてるよな」という台詞に衝撃を受けていた。テニスクラブだろうが何だろうが、僕は親の仕事なんか継ぎたくなかったし、どうしてそれが「未来が開けている」ことになるのか、まったくわからなくて、返事もできなかった。ちょうど登山に興味を持ち始めて、故・長谷川恒男の『山に向いて』を読んだあとだったのかもしれない。長谷川はそのなかで、15歳頃の自分の気持ちを述懐し、「未来が決まっている気がしてやりきれなかった」と書いていたと思う。

 その後何年かして、N師匠から横道坊主(おーどぼーず)の『DIRTY MARKET』を聴かされた。4曲入りのミニアルバムで、横道坊主のデビュー盤だった。N師匠は1曲目のハードな「ブルース“ファッキン”ビート」がいいと言っていたが、僕は最後の泣かせる「UNDER THE UK」が好きになった。くだらない自動車事故で死んだ暴走仲間を不良少年たちが追悼するストーリーだ。1989年、吉田聡の『湘南爆走族』が、僕にとってまだユートピアとしてのリアリティを持っていた頃の話だ。その後、横道坊主は継続して聴いてはいなかったが、このあいだマンハッタンのブックオフで彼らのCDが何枚か置いてあるのを見てちょっと驚いた。ずっとコンスタントに継続していたのだね。最近のライヴ盤『情熱ライブ!』というやつを買ってきて聴いてみたら、見事に「カッコいい不良」の残り香だった。Jポップお約束の、♪自分を信じて〜みたいな歌詞に僕はいつもなら反吐が出そうになるのだが、横道坊主の歌詞にもそういうのがあって、しかしそれは受け入れられると感じた。