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スーツケース、VOCE

 3月の終わりにニューヨークから帰ってきたとき、3つの大きなスーツケースのうち1つは成田から宅急便で自宅に送り、あとの2つをひきずりながら地元の駅に到達した。すると、なんとホーム改造工事中で、頼みのエレベーターもエスカレーターも動いていない! そのことを把握していずに「エスカレーターはあっちです」と指さしてオレを余分に歩き回らせた駅員にちょいと八つ当たりし、即刻反省しつつも、意を決して階段を上がり始めた。なにしろ2つとも30Kgオーバーで飛行機では超過料金を取られたスーツケースなので、いくらオレが意外と腕力が強いと言っても(高校の時、砲丸投げがクラスで2番目だった)、とても両手に提げて一気に駆け上がるというわけにはいかない。仕方なく一段ずつ、2つのスーツケースを交互に引きずり上げていた。
 そして汗だくで、息も絶え絶えになりながら(←ちょいと大げさ)、何段か上がったところで、勤め帰りのサラリーマン風の中年男性が「手伝おうか?」と声をかけてきた。オレは遠慮したわけではなく、自分だけでなんとか行けると思ったので「いやいや大丈夫です」と返事をしたが、そのオッサン、もとい中年の紳士は「いいよいいよ」といいながら、片方のスーツケースを持ち上げて、どんどん階段を上っていった。オレも慌ててもう一つの方を担ぎ上げ、深々と頭を下げて御礼を言ったことは言うまでもない。そのときの、軽く笑って「もう大丈夫だね」とか言いながら去っていったオッサン、もとい中年紳士の爽やかだったことよ。――中途半端なニューヨーク生活が終わって、身も心も疲れていたそのときのオレは、本心から、ああ世の中も捨てたモンじゃねえなあ、明日からまた頑張ってやっていこう、と感じ入ったものだ。

 自分の実力を超えたテーマについて書かねばならずに呻吟し続けたり、超低レベルの(=自分の低レベルさを理解する最低限の能力さえもない相手との)議論に延々付き合わされて萎えきったり、衣食足りて恵まれた人間にもまあそれなりに苦しいことは細々とあるわけだが、そんなときにどうにかこうにか生きていこうと思えるのは、そんな小さな出来事のおかげだったりする。

 そういう(?)意味でオレは、五月女ケイ子のイラストが素敵な、講談社のファッション誌『VOCE』の読者コーナーが大好き。この楽しみを多少なりとも分かち合える人だけを、勝手かつ密かに「心の友」と呼びたいと思う、とまで言えば嘘だけど。