ソラリスの陽のもとに

ソラリス (スタニスワフ・レム コレクション)
スタニスワフ レム Stanislaw Lem 沼野 充義
国書刊行会 (2004/09)
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 『〈個〉からはじめる生命論』の執筆が佳境に入り、アタマを掻きむしっていた頃、もしかしたらうまくネタとして取り入れられるかも&精神安定剤になるかもという二重の期待をもって読んだ。感動したSFは二回読んではいけないという金言は知っていたが、レムはそういう素晴らしき一発芸の人ではないから、かつての自分の打ち震えるような感動の正体を三十年近くが経ってから再確認したいという思いをもって読んだ(ちなみにSFファンだった当時の僕がいちばん好きだったSF作家は、エドモンド・ハミルトン星新一小松左京、クラーク、デーモン・ナイト、レム、ティプトリー。次点が新井素子)。
 そして感じたこと。ソラリスの海という得体の知れない他者の得体の知れなさは微塵も揺るがなかった。とはいえ、この三十年間、自分なりに「生命」とは何かとか、「コミュニケーション」とはどういうことかとかについてそれなりに考えてきたわけなので、十代で読んだときのように「この世界にはこのような問題が存在するのか!」という圧倒的な驚きはもはやないのは仕方がない。
 ストーリー面では、記憶のなかよりもはるかに主人公と「彼女」ハリーのかかわりが密に描写されているのが意外だった。その点では、むしろ僕がタルコフスキーの『ソラリス』に対して抱いていた印象に近かったけれど、しかし到底「極限の愛の物語」的なしっとりした感触は希薄である。誰もレムにそんなものを期待はしないだろうが。
 翻訳については、ハヤカワ文庫の飯田訳『ソラリスの陽のもとに』がロシア語からの抄訳だったのに対して、この沼野氏の新訳はポーランド語原典からの完訳という空前の偉業であり、その価値は疑うべくもない。飯田訳には含まれない建造物の描写は迫力十分で、それだけでも読んでよかったと思う。ただ全体的には、なんというか、あまり洗練されていない文学青年風というか、僕がずっとレムの文章に対して抱いていた硬質の感触が弱く、ちょっと戸惑った。これが正確な翻訳なのか、あるいは沼野氏の日本語の特徴なのか、それはわからない。