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私の好きな曲

私の好きな曲 (ちくま文庫 よ 20-1)私の好きな曲 (ちくま文庫 よ 20-1)
吉田 秀和

筑摩書房 2007-12-10
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 いつもポケットに吉田秀和を。ちくま文庫で「吉田秀和コレクション」が出たので、電車のなかで一冊ずつのんびり読んでいこうと思っていたが、そうはいかなかった。ゆったりした文章なのにいつのまにか引き込まれてどんどん読み進んでしまうのは――ただし、時折歩みをとめて自分の音楽体験と(僭越ですが)照らし合わせながら――音楽を聴く人間なら誰でも考えたことがあるだろう素朴な問いの数々に、著者がノンシャランとした語り口で、しかしあまりに適確無比な「回答」をどんどん出していくから。しかもそれは、いわゆるクラシック音楽にかぎられない、普遍の認識なのだ。
 たとえば、ロックを聴いていて、どんなミュージシャンも最初の3、4枚までのめくるめくような閃き・驚きが、その後の作品から消えていくのはなぜなのだろうか、と思ったことのある人は多いだろう。その点について、吉田氏はこんなことを言っている。

人間は、芸術のもっているいろいろな特質のなかで、『ヴェルテル』や〔ベートーヴェンの〕第一交響曲にみられる、あの青春の香り、あの溌剌とした生気とみずみずしい感受性の一体性、自分の前に開かれた世界に向かってまっしぐらに立ち向かってゆく凛々しさ、自分の力の限度を計らず、自分を疑うことを知らないかにみえる勇気、そういう自分をいつでも何かのために犠牲にさしだす用意のある精神のあり方、愛のいちずな烈しさ、こういったものには、とりわけて、敏感に反応するようにできているのだ。そうして、その同じ敏感さが、芸術のなかにある、それとはちがう特質にぶつかると、すぐにはわかりにくい、何か別のものが介入してきた結果生まれたもののように直覚さすのではあるまいか? これはまた、一人の作者の想像の生涯についてみられるというだけでなく、何世代もかかって生まれ、発展し、成熟し、それから衰退してゆく一つの流派の展開ということについても、いえるだろう。
 私は、すぐれた芸術家の手になる青春の作品の価値を認めないわけではない。そんなことはことわるまでもないことだ。またあるジャンルが生まれたときの、その当初のみずみずしさの魅力は、そのあとに来た大家の傑作にはもうみられない力で、私によびかける。
 だが、芸術が芸術としてよりきびしく、より深く、より完成したものになってゆくというとき、そこには青春をこえたものが、どうしてもでてくる。(……)

 なんと平明で、簡単に読み流してしまいそうな文章で、「ほんとうのこと」をこのうえなく適確に言ってしまうのだろう!
 しかも吉田氏は、ここまでに書いたことを(またしてもあっさりと)裏切るようにして、つづけるのだ。

いや、こういってもいけないのかもしれない。青春の作品のほうが、よりきびしいという場合だって、あるいは、あるのかもしれないから。それに、私が尊重しているのは、何も老人臭くなり、分別臭さの加わったものだけだというわけでもない。たとえ、私が、これまでのところ、なぜか芸術家の晩年、あるいは最晩年の作品ばかりとりあげるということになってしまったのに気がついて、自分の好みについて、少々奇妙な、少々うさん臭いものを感じだしてきたのは事実ではあるけれど。

 そして吉田氏は、この「自己内対話」には決着をつけずに、「だが、芸術が、芸術として、より完成したものになるというのは、どういうことか?」という、より本質的な問いのほうへ進み、シューベルトについて語るのである。

 かつて水上はる子は、ロック・ミュージシャンの最高傑作は2枚目まで(あれ、デビュー・アルバムだけ、だったかな?)という趣旨のことを言い、それをロックという現象そのものの本質に重ねていた。正直に言えば、僕も同じように思うことが多かった。たとえば、何千回も聴けば聴くほど、ビートルズの最高の瞬間は「抱きしめたい」と「シー・ラヴズ・ユー」だという冷厳な事実を否定することはできなくなっていくのではないか? ブルース・スプリングスティーンの傑作群の中で僕が最も愛する曲は、3枚目の『明日なき暴走』の冒頭を飾る「サンダー・ロード」だけれども、そこにさえもはやデビューアルバムや2枚目の「都会で聖者になるのは大変だ」「7月4日・アズベリーパーク」のあの息を呑む瑞々しさは薄れているのではないか? U2の名作は『ヨシュア・ツリー』で、たしかにあのアルバムが出た当時ぼくも「何かとてつもないことが起きている」感に打ち震えたものだけれど、でも本当に食い込んでくる曲は「サンデー・ブラデー・サンデー」「ニュー・イヤーズ・デイ」までだったように思えてならない。同じことは、ボブ・ディランザ・フーエルトン・ジョンルー・リードブライアン・イーノといった巨匠たちから、少なくともオアシスにまでつづいていると、どうしても思ってしまう。それは、ポール・マッカートニーブルース・スプリングスティーンの近作がどれほど素晴らしかろうと――たしかにそれらは素晴らしいのだ、まるで昔の作品たちのように!――変わらない。

 けれども、一方でどうしてもそう感じながら、ロックにだって「成熟」があるのではないか、「完成」そのものはなくとも、そのどこか知らぬ方向へ向かって進むということはありうるのではないかと、考えたい気持ちもあるのだ。どこかで、カート・コバーンが言っていたのをうろ覚えに覚えている。あるときテレビでピート・タウンゼントのライブを観て、そもそもザ・フーなんか好きじゃなかったし、もう大した曲を書いているわけでもないのに、タウンゼントのやたらに元気なパフォーマンスを見て、不思議な感じがしたと。それを彼は、必ずしも吐き捨てるように言ったのではなかった。

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