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西岸良平

 西岸良平はクールな漫画家である。高校生の頃からもう30年近く西岸良平を読み続けている僕がいうのだから間違いない。映画『ALWAYS三丁目の夕日』(未見)に対して、昭和30年代をノスタルジックに美化するのはいかがなものかという批判があちこちで見られたが、僕としてはノスタルジーそのものは否定しない。むしろ、それ以外に何を表現すべきだというのか。しかし付け加えておくべきは、かの映画の原作者たる西岸良平その人が描くノスタルジーには、ふと気づけば笑いも凍り付くような有毒性と苦さが濃く染みわたっているということだ。そのことは、文庫版『西岸良平名作集』数巻に収められたSF作品に何より明らかだが、『夕焼けの詩―三丁目の夕日』シリーズからも十分にうかがえる。それがしばしば忘れられてしまう事情は、やはり同じように無害化されることで「国民的」人気アニメに仕立て上げられてしまった『サザエさん』原作と同様であろう。

 西岸良平らしさをもっとも鋭く味わわせてくれる作品として、『夕焼けの詩』第20巻の巻末に収録された「コスモゾーン」を挙げておこう。この短編は、なぜかここに収められてはいるが、世界観や登場人物的には「三丁目」とは関係がない。西暦2385年、人類は宇宙空間に巨大な未来都市「コスモゾーン」を築き上げているのだが、そこで展開される日常生活は通勤地獄や家庭不和など、われわれのものと本質的に同じなのだ。「立川星」から「新宿星」へ向かう「快速、外宇宙回り」の宇宙船に押し合いへしあい乗り込む通勤客たちの描写など、まさしく西岸良平の面目躍如というほかない。しかし、僕が「コスモゾーン」を読んで慄然とし、思わずだらしない微苦笑を浮かべながら(自分で鏡を見ていたわけではないが)「スゲぇ……」と呟いたのは、ぼけ老人を「子猫と、人間の赤んぼうをミックスしたような可愛らしい小動物に変えて、世話をする家族の肉体的精神的負担を軽くした」「細胞変換手術」というアイデアである。物語冒頭のひとコマ、ベビーベッドで「ニャーゴ」とか鳴いている猫――実は細胞変換手術を施されたかつての義母――に主婦が「よちよち、おばあちゃん」と話しかける場面の〈不快さ〉は衝撃的である。温かく穏やかな「三丁目」のそこかしこには、そんな恐るべき毒が秘められているのだ。そろそろ風呂に入りたいのでいきなり飛躍するが、その「毒」の別名は「歴史性」という。キューバ危機を告げるラジオの前で、鈴木オート夫妻は心底うろたえていたではないか。だが、そうしたトゲが、もしも『三丁目の夕日』のパブリック・イメージから消去されているのだとすれば、それは、「ウーマンリブご一行」のバスに乗り込み、集会で演説をぶつサザエさんその人の颯爽として猛々しい姿を、TVアニメがまったく映し出そうとはしないことと同列の、「歴史の歪曲」なのである。

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