野生の思考、悲しき熱帯

野生の思考野生の思考
大橋 保夫

みすず書房 1976-01-01
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 明学の大学院にはM1対象の「基礎演習」という授業があり、今年は春秋とも僕が担当している。基本的には古典、準古典の著作をかいつまんで輪読するというスタイルがほぼ確立している。この秋は、春から持ち越したフロイトを少しやってから、クロード・レヴィ=ストロース『野生の思考』からいくつかの章を読んだ。大著『親族の基本構造』と『神話論理』とをつなぐ著作で、神話分析への一里塚。ほんとうは通読して初めて面白みと凄みがわかるの本なのだが、時間の枠があるので仕方がない。含蓄の深い時間論が展開される最終章「再び見出された時」まではたどり着けなかった。

 『野生の思考』には、『親族の基本構造』のような緻密さ、スマートさはない。それは大部分が対象のちがい(親族構造と神話)から来るのだろう。感嘆するほど明晰な分析にひれ伏すしかない『親族』に比べると、『野生』以降の神話分析には、「たしかにそう読めば読めるかもしれないけど……」と言いたくなることが多いのだ。それは、以下のすぐれた入門・解説書2冊を読んでも変わらない印象である。

レヴィ=ストロース入門 (ちくま新書)レヴィ=ストロース入門 (ちくま新書)
小田 亮

筑摩書房 2000-10
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レヴィ=ストロース―構造 (現代思想の冒険者たちSelect)レヴィ=ストロース―構造 (現代思想の冒険者たちSelect)
渡辺 公三

講談社 2003-06
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 レヴィ=ストロース大先生は今年で百歳ということで、邦訳書が軒並み復刊されたりしてアクセスしやすくなっているが、とにかくどれかを読みたいという人には、やはり『悲しき熱帯』だろう。何の先入権もなしに読むとどうなのかはわからないが、早わかりの解説でレヴィ=ストロース構造主義についてあれこれの予備知識がこびりついてしまったアタマで読むと、これは異様な感じのする本である。20世紀最高の名著というよりは、19世紀最後の名著という趣がある。特に最終章の、仏教、キリスト教イスラム教と時代を下るにつれて人類の宗教的思考は堕落してきたと語る迫力満点の壮大な文明論は、いままさに「反時代的」になっていて、冷静に読むにはなお数十年を要するかもしれない。

 僕はこの本を読むまで、『親族』や『野生』その他の論文しか読んでいなかったときは、レヴィ=ストロースとは凄く頭のいい人というイメージだった。しかし『悲しき熱帯』を読んで分かったのは、この人は「もの凄く」頭のいい人であるということだった。訳者の大橋保夫氏も指摘しているように、『野生の思考』には記号論の理解として怪しい箇所も目に付くし、そもそも〈人類のたった一つの神話〉という聖杯そのものがクサい。しかしそういった過剰な点も含めてレヴィ=ストロースの思考には尽きせぬ喚起力があり、それが最も生々しいかたちで書きとめられているのが『悲しき熱帯』だと感じる。よく知られたくだり、お互いを抱き合いつつ地面に直接ころがって眠りにつくナンビクワラ族(だったよな)の人々を見て、人類の最も原初的なやさしさが云々という感慨を記す箇所をはじめ、注意を惹かれた文章に傍線を引きながら読んでいくと、たちまち本が線だらけになってしまう。そのドキドキ感のすべては、いかなる早わかり本からもすっぽり抜け落ちてしまうだろう。だから若い人たちに言いたいのは、レヴィ=ストロースの人類学に興味をもったなら、ともかくこの本から読んでみてほしい、ということだ。差異の苛酷さをみない中沢新一的な「人類学」に、たおやかに丸め込まれないためにも。

悲しき熱帯〈1〉 (中公クラシックス)悲しき熱帯〈1〉 (中公クラシックス)
Claude L´evi‐Strauss 川田 順造

中央公論新社 2001-04
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悲しき熱帯〈2〉 (中公クラシックス)悲しき熱帯〈2〉 (中公クラシックス)
Claude L´evi‐Strauss 川田 順造

中央公論新社 2001-05
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親族の基本構造親族の基本構造
クロード・レヴィ=ストロース

青弓社 2001-01
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 (僕はみすずの古い訳書しか読んでいないので、この青弓社版の翻訳についてはわかりません)。