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水死

水死水死

講談社 2009-12-15
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 『取り替え子』以降の大江氏の作品は、あくまでもひと繋がりの長大なサーガとして読まねばならない。その山脈には急峻なピークもあれば峠もあるのだが、本作はどちらかといえば(前作『臈たしアナベル・リイ総毛立ちつ身まかりつ』とともに)峠の部分にあたるのではないか。過去の自作群や発言、行動に対する自他からの批判をすべて飲み込んで重層化し膨れあがってゆくこの奇怪に変形された私的生活の山脈が、今後どこまで引き延ばされ、書き連ねられてゆくのかはわからないが、少なくとも本書の最後の数十ページにおける事態の急変が終結部であるという感じは全然しない。これもまた、何度も(タチ悪く?)ほのめかされている「最後の小説」などでは決してなく、大江氏が生きながらえる限り書かれるべき次作――おそらくそれはより巨峰となるような予感がある――に連なるほかないように思われる。愛読者としては、そうであることを願う。
 新作の紹介なのでネタバレになりそうなことには一切触れなかったが、ひとつだけ記しておけば、80年代から粘り強く続けられている大江氏なりのフェミニズムへの回答作業が、本作においても深化をみせている。本書の主題であるナショナリズム批判が、〈国家=強姦者〉という形象との関わりを媒介として、そのまま80年代的フェミニズムに対する、緊張を孕んだ批判をも宿しているのだ。もちろん、大江氏がいまこのような作業にとりくんでいることは、呆れるほどに「遅い」。それはかつて、彼が中村雄二郎や山口昌男といった「知の最前線」的な人たち、つまりすでに遅れていた人たちにさらに遅れて、かれらの議論を取り入れて小説を書いた姿勢に通じる、致命的な「遅さ」である。けれどもその帰結は、「最前線」だった人たちが顧みられること少なくなった後も独り大江健三郎だけが緊張感をもって現役の作家として(たとえポピュラーではないにせよ)読まれ続けるという逆説である。紛れもない「遅さ」、ただし屈折を孕んだそれが、読む者に繰り返し重いボディ・ブローを与える、これこそ大江健三郎ならではだろう。僕は思うのだが、大江氏はそのキャリアの最も華々しかった時期においてさえ、一度も時代の伴走者などであったことはなかった。大江はつねに文字通り「遅れてきた」のだし、それゆえに彼の問いは身も蓋もないほど深く、そして多くの人びとを、とりあえず憫笑する以上の反応をとり得ないほどに戸惑わせてきたのだろう。(だから、村上春樹が『1Q84』で、そのような「遅さ」の様子を少しずつ露わにし始めたことは、良い徴候であると思う。)

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