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戦場でワルツを

戦場でワルツを 完全版 [Blu-ray]戦場でワルツを 完全版 [Blu-ray]

ワーナー・ホーム・ビデオ 2010-05-12
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 今日の昼間、名画座「戦場でワルツを」を観た。1982年のイスラエル軍によるレバノン侵攻時に引き起こされたパレスチナ人虐殺の記憶―の空白―へと遡航してゆく男(監督自身)の軌跡を追うアニメーション、かつ、強力な音楽(ロック)映画でもあった。琥珀色と黒の異様なツートーン・カラーが支配する画面の緊張感には、最初から最後まで一切のたるみもない。アニメにはまだこんなことができたんだ。そして、26匹の猛り狂った犬が瓦礫の街を失踪するオープニングでいきなり映画の空間に引きずり込まれた観客が、やがて確信せざるを得ないのは、このストーリーが何の捻りもトリックなく、ただまっしぐらに、主人公の記憶の空白の真相に向かって突き進んでいるであろうということ。そしてその確信に寸分の隙もなくぴったりと呼応するエンディングを突きつけられる衝撃は、ちょっと他の映画では味わったことのない種類のものだ。平日日中の、年配の方々が目立つ暗い館内には、僕と同じように打ちのめされ、立ち上がれないままエンドロールを見つめる人が少なくなかったように思えた。

 ところで僕は映画館というものが好きではなく、とくに話題作で混雑が予想される映画のロードショーには滅多に行かない。最近では『アバター』を観るために仕方なく(映画館でないと3Dで観られないので)出かけていったぐらいだ。名画座の類も、設備が古いままで長時間座れない椅子をそのままにしていたり、座席間に段差がなくて前席の客の後頭部ばっかり見せられるようなところにはまず行かない。子どもの頃、『ジョーズ』だったかを観ている最中、後ろの席の男が僕の席に足をずっとかけていた。映画を観ているあいだじゅう、子供の僕は頭のすぐ上に置かれたその男の汚らしい靴とずっと戦わねばならなかったわけだ。大学生の時、あの途方もなく切ない名作『エル・スール』を国立の名画座で見終わった瞬間、「いつ面白くなるのかと思ってたら終わっちゃった〜」と、自分の愚かさを誇示したいのだとしか思えない馬鹿でかい声で叫ぶ若い女がいた。その映画館では似たようなことが何度かあって、何か劣悪な人種をひきつける要素がそこにあったのだろうか。
 そういう経験を重ねる度に、僕は、そういうモノになりたくないという思いを強めてきたし、今に至るも持ちつづけている。そういうモノの多数集まるような場所にはなるべく行きたくないなという思いも年々強まっている。映画館とは、少年の僕にとって、「大人」あるいは「一般市民」というモノの愚劣さを学んだ場所の一つだったのだ。
 さてそういう点からみると、きょう行った下高井戸シネマは、とても良い映画館だった。上映中に携帯のライトを点けるなと、ちゃんとアナウンスするのもよい(そもそも全ての映画館は携帯の電波を遮断する設備とすべきなのだが)。火曜日は終日1000円だし(ただし作品ごとの入れ替え制)、これから何度も通うことになりそうだ。