下の『生――生存・生き方・生命』の編者を引き受けた瞬間から、彦坂諦氏の文章を巻頭に置くことに(執筆の打診もしないうちに勝手に)決めていた。はじめて読んだ彦坂氏の著作は『男性神話』で、これもたいへん面白く、影響も受けたが、決定的に魂に杭を打ち込まれたような気がしたのは、何年か前に読んだ(といってもその時は読み通さなかったのだが)『ひとはどのようにして兵となるのか(上)―ある無能兵士の軌跡 第1部』(罌粟書房、1984年)。石原吉郎、富士正晴、大岡昇平といった人たちの作品を読み解くことで、戦争や軍隊において発露される人間なるものを、薄明かりのように照らし出す。この本がいま入手困難なのはいけない。図書館で読めると思うが、もしそれも無理なら、彦坂さんも『生』の参考文献に挙げている、畑谷史代『シベリア抑留とは何だったのか――詩人・石原吉郎のみちのり』(岩波ジュニア新書)だけでも手にとってほしい。これはじつに完成度の高い本だ。
ところで僕は、『ひとはどのようにして兵になるのか』に写し取られた、石原吉郎えがくところの、ラーゲリにおける食事風景から、「ああ、ロールズの無知のヴェールというのは、理論上の仮設などではなく、人間についてのどうしようもなくリアルな洞察から出てきた概念装置なんだな」と嘆息したものだ。そのときはじめて、ロールズ理論の凄みのようなものを感じた。くわしくは『ひとは……』または石原の元の文章「ある〈共生〉の経験から」を読んでください。とはいえ、こちらも入手は容易ではないのだが。
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