2010年、友部正人、ニコラウス・アーノンクール

 去年は忙しくて、というよりも気分的に忙しいという感じがずっとしていたため、何かを見たり聴いたりしにどこかへ出かけるということが少なかったのだが(その代わり、通販で歯止めなくCDを買ってしまった……)、行くべきものを精選したおかげで、ハズレとか時間の無駄とかいうことはほぼなかった。
 そんななかで特に印象に残っている音楽体験は二つ。ひとつは夏に吉祥寺の街興しイベントで観た、友部正人と三宅伸次の野外ライブ。摂氏35度ぐらいあった真夏の午後、狭く区切られた路上の一角に何十人かの人間が密集する状況での立ち見はつらかったけど、一曲目が何と、1973年の名作『また見つけたよ』の冒頭を飾る凄まじいラブソング「反復」だったのに驚愕。この体液と諧謔がぐつぐつと混じり合ってナイフのように研ぎ澄まされた歌を、友部氏は約40年後に皺の深くなった声を張り上げながら、マラソンで走るように両腕を振りながら、アップテンポで歌ったのだった。学生諸君は友部正人という偉大なミュージシャンを知らない人の方が多いだろうから(ライブではけっこう若い人の姿も見られたけど)、「反復」の歌詞をまるまる引用してしまおう。

このぼくを精一杯好きになっておくれ
そして、今度の夏が来たらさっさと忘れておくれ
このぼくを大切になんて扱わないでほしい
君を大切な人だなんて思わせないでほしい
そうさ君はステキな女の子だよ
このまま仲良く年を取ろうなんて思わないでおくれ

どっちを向いても約束事ばかりの毎日だ
ねぇ、いつまでも信用のおけない君とぼくでいようよ
一度燃えてしまったら、もうあとかたもない
そんなものがぼくも君も大好きだよ
そうさ、君はステキな女の子だよ
おしりの隙間でヒラヒラゆれてる どす黒い象の耳よ

健全なおしゃべりは君をみにくくするだけだよ
黒ずんでもう口もきけないやさしい心よ
月夜にきらめく鉄道レールの冷たさが大好きだ
道端に紙くずのように捨てられた淋しさたちよ
そうさ、君はステキな女の子だよ
決して幸せになんてなることなかれ!

陽の照り始めた大通りで首をそろえ
花のように咲き誇った大食漢ども
あいつらだ、毎日をこんなにも味気ないものにしたのは
ああ、ビショビショになってくさり始めた電信柱よ
そうさ、君はステキな女の子だよ
ああ、この人生、何百倍にも茶化してやるがいい

さあ、冬の暖かいフトンからさっさとはい出して
春の湯船の中でぼくをしっかり抱きしめてくれ
六月の重たい空の下をブンブンとびまわり
そして焼けつく夏にさっさと死んでしまいなさい
そうさ、君はステキな女の子だよ
このぼくを精一杯好きになっておくれ

 友部・三宅のコンビでは、そのしばらく前にライブハウスで演ったときの模様がCDになっている。録音の関係か、あの路上ライブのときのような躍動感がちょっと薄いけど、それでも冒頭の「反復」からラストの「ライク・ア・ローリング・ストーン」日本語版まで、僕が聴いたのとだいたい同じセット・リストが楽しめる。

ロックンロール、やってますロックンロール、やってます
友部正人と三宅伸治

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 もう一つは、秋も深まってきたころにサントリー・ホールで聴いた、ニコラウス・アーノンクール指揮、ウィーン・コンチェントゥス・ムジクス、アルノルト・シェーンベルク合唱団の「バッハ ミサ曲ロ短調」と「ハイドン 天地創造」。アーノンクール大先生ももう80歳、これが最後の日本公演と公言しておられるということで、自分なりに大奮発して2回分のチケットを買ったのだった。結果は、払ったもの以上のものを与えられたと断言できる。とりわけバッハの方は素晴らしかった。演奏はまさに寸分の隙もなく、緻密に練り上げられ、強靱な手綱で隅々まで完璧に統率されているのに、各々の奏者は自由に音楽を楽しんでいる、という印象が柔らかく伝わってくる。合唱隊の人びとの何と闊達に、楽しげに歌うことか。いま僕が体験している、〈自由〉とはまさにこのことではないとしたら何なのか。これは、消極的自由と積極的自由といった二項に分裂させてしまえばその瞬間に消え去ってしまう、可能的自由の音楽的体験だったというしかない。
 アーノンクールは1950年代に古楽演奏ピリオド楽器使用の旗手として、すなわち当時の文脈では一種の反逆者として独自の活動を始め、やがて時代全体を動かして主流の座につくに至ったというストーリーがしばしば語られるが、また西欧=普遍という幻想が解体した後の音楽家として、自ら「西欧のクラシック音楽は結局は西欧人にしか理解できない」的な発言もして物議を醸したりもしてきたが、そうしたことをすべてそのまま飲み込んだとしても、そこにあったのは何の曇りもなく美しい、何派であろうがどの国に生まれた人であろうが存分に享受しうるはずの、輝かしい音楽そのものだった。
 ハイドンの方も素晴らしい演奏だったのだが、けっこう空席が目立って二階席から観ているとどうにも気になったのと、自分の体調が悪かったせいで、いまひとつ嵌りきれない感もあったのは残念。それにしても、終演後にアーノンクール大先生とソリストたちのサイン会があったのには驚いた。あの異様なギョロ眼の恐ろしげな顔つきをした大先生が、あれだけの熱演をした直後、延々1時間以上にわたってサインをしなくちゃならないとは……。もちろん、俺も並んだのだが。昨年だったか、やはりサントリー・ホールであったパーヴォ・ヤルヴィエレーヌ・グリモーさんの豪華共演でもやはり終演後のサイン会があったので(しかもグリモーさんなどは客に笑顔も振りまいてくれていた……)、最近のクラシックでは普通なのかもしれないが。

J.S.バッハ:ミサ曲 ロ短調 BWV232J.S.バッハ:ミサ曲 ロ短調 BWV232
アーノンクール(ニコラウス) ブラーシ(アンジェラ・マリア) ツィーグラー(デロレス) ラッペ(ジャトヴィガ) エクヴィルツ(クルト) ホル(ロベルト) アルノルト・シェーンベルク合唱団

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ハイドン:天地創造(全曲)ハイドン:天地創造(全曲)
アーノンクール(ニコラウス) レッシュマン(ドロテア) シャーデ(ミヒャエル) ゲルハーエル(クリスティアン) アルノルト・シェーンベルク合唱団

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