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コレラの時代の愛

コレラの時代の愛 [DVD]コレラの時代の愛 [DVD]
ガルシア=マルケス

ギャガ・コミュニケーションズ 2009-07-24
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 この半年ぐらいのあいだに観た映画はどれもそれぞれなりに面白くて(『この自由な世界で』『マンデラの名)もなき看守』『スラムドッグ$ミリオネア』『月に囚われた男』『インセプション』『宇宙戦争』『崖の上のポニョ』『(500)日のサマー』『僕のエリ 200年の恋人』)、外したのは監督に映画への愛がこれっぽっちも感じられない『アヒルと鴨のコインロッカー』ぐらいだったが、今日観た『コレラの時代の愛』は頭一つ抜けて素晴らしかった。

 若い頃に一目惚れした女への恋心を50年以上燃やし続けて、最後に成就させる男の一代記。そんなことは、現実の中では到底起こりそうにない。だがもちろん、原作者ガルシア・マルケスの世界では、どんなことでも起こるのだ。独裁者の軍隊が広場で何百人もを銃殺したのに何も起こらなかったことになる、それが世界の現実なら(それは『百年の孤独』の、最も印象的な一節だった)、50年間ただ一人の女を想い続ける男が存在することも現実でないはずがない。ただしこの男、その50年の間に622人の他の女たちと肉体関係をもち、それを律儀に日記に記録していたりして(ジェームズ三木かおまえは)、南米コロンビアのマチズモ文化全開のいわゆる「男の夢」ドラマではあるのだが、しかし恋慕の相手である女も色男の医者とあっさり結婚したり、結婚生活に行き詰まるといきなり森の中で暮らす従姉妹のところへすっ飛んでいって一年以上も帰らなかったり、決して男に都合のいい従順な女などではなく、強靱すぎるぐらいの芯をもって意志表示する剛健な女であって、そういう意味でこの映画は少なくとも(後期)夏目漱石長嶋有と同様の意味で「女が描けている」から、全体の印象は奇妙に公平だ。しかもこの主人公の男、なぜか女たちの方からどんどん言い寄ってきて、半ば犯されるように行為を繰り返すのだが、村上春樹の小説の主人公のような女に対する深い侮蔑みたいなものが微塵も感じられず、同じ生き物として楽しいひとときを過ごしているだけなので、素直にまったく羨ましいぜという気がしてくる。そしてこれほど奇天烈なプロットである上に細部のエピソードや台詞もつっこみどころ満載、実際一人で観ていても声を出して笑ってしまう場面も少なくないのに、最後に味わわされるのは魂の痺れるような紛れもない感動なのだった。

 あの『ノーカントリー』で異様な存在感を見せたスペイン人男優ハビエル・バルデムが、ここでも代役など考えられないような完璧なキャラクターを創り出している。コロンビアの埃っぽく常に汗と血が飛び散っているような風景の中で、いつも歯の浮くようなロマンチックな詩を呟きながら、半世紀以上、一人の女を見つめ続ける男。ともに70歳を過ぎ、年老いた恋人たちが裸で睦み合う行為をさらりと描くラストシーンは、ちょっと唐突かもしれないが、僕には『2001年宇宙の旅』のラストシーンで老人が胎児へと転生する場面を連想させた。しかしそこにしめされた思想は正反対である。すなわち、個の終わりを超えた無限の直線を永遠の生として表象した『2001年』に対し、『コレラの時代の愛』は、有限の生の一瞬こそが永遠であるという実存の真理を対峙させたのだ、と結論しておこう。愛は、痙攣的であるか、さもなくば存在しない。そのような愛だけが、50年間の時間を一瞬のうちに凝縮させてみせるだろう。

原作はこれ。

コレラの時代の愛 (Obra de Garc〓a M〓rquez (1985))コレラの時代の愛 (Obra de Garc〓a M〓rquez (1985))
ガブリエル・ガルシア=マルケス 木村 榮一

新潮社 2006-10-28
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ガルシア=マルケスの代表作はやはりこれ。これは、僕がこれまでに読んだ小説の中でも、最も驚くべきものだった。とはいえ、もう20年以上前に読んだきりなので、断片的にしか覚えていないのだが。最近、また寝る前に毎晩少しずつ読んでいる。いまは著作集の一部として出ているが、リンクした版の方が表紙が綺麗だ。

百年の孤独百年の孤独
G. ガルシア=マルケス Gabriel Garc´ia M´arques

新潮社 1999-08
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長らく絶版だった集英社の『ラテンアメリカの文学』シリーズが文庫で復刊されるようで、めでたい。第一弾はマルケスのもう一つの代表作『族長の秋』。最近は岩波文庫にもフリオ・コルタサルの短編集が入ったりして、ラテン・アメリカの20世紀文学がまた来ているのだろうか。ともあれ、コルタサルの中編「南部高速道路」の異様な感動を手軽に味わえるようになったということだ。いつ果てるとも知れぬ交通渋滞の中で次第にかたちをなしてゆく、優しさと温もりにみちた人びとの結びつきが、流れ出した車のスピードとともにあっけなく消え去ってゆく経緯を描ききったこの名篇は、「共同体」や「連帯」といった観念をめぐる生半可な思考を凍りつかせるだろう。

族長の秋 ラテンアメリカの文学 (集英社文庫 カ)族長の秋 ラテンアメリカの文学 (集英社文庫 カ)
ガルシア=マルケス 鼓 直

集英社 2011-04-20
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悪魔の涎・追い求める男 他八篇―コルタサル短篇集 (岩波文庫)悪魔の涎・追い求める男 他八篇―コルタサル短篇集 (岩波文庫)
コルタサル 木村 栄一

岩波書店 1992-07-16
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岩波文庫が早くも品切れのようだが、このまま増刷されないようなら、こちらにも採られています。

短篇コレクションI (池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 第3集)短篇コレクションI (池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 第3集)
コルタサル

河出書房新社 2010-07-14
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