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ヴァレリー・アファナシエフのリサイタル

 浜離宮ホールでの「葬送」行進曲リサイタル。凄かった。鎌をふるって襲いかかってきそうな風体のアファナシエフ先生が舞台に姿を現し、いかにも不機嫌そうに、ちょっと自意識過剰気味に、ぶっきらぼうな会釈をして椅子に腰を着けるか着けないかのうちにいきなり弾き出したのは、ベートーベンの「11のバガテル 作品119より 第1番」。なんという優しく澄んだ音色。先生もさっきまでとは打って変わって、小さな子供を慈しむかのように穏やかな表情で音を紡ぎ出していく。第4番までが終わったところで立ち上がり、いったん舞台袖に引っ込んだが、途中の休憩以外に、曲間で休んだのはこの時だけだった。大先生ほどの人でも、出だしは緊張するのだろうか。

 今日のリサイタルは「リストとその時代へのオマージュ〜「葬送」〜」というのがテーマで、後半にはベートーヴェンショパンの「葬送行進曲」、ワーグナー/リスト「聖杯への厳かな行進曲」、そして締めくくりはリスト「詩的で宗教的な調べより『葬送』」というクラ〜いプログラムだったわけだが、特にショパンとリストは意外なまでの光と怒りに満ちた演奏だと感じた。とりわけリストは陶酔的なほどにまばゆい音楽がホールを支配していた。

 でも僕が本当に素晴らしいと思ったのはむしろ前半。生アファナシエフ初体験だったからかもしれないけど。ベートーヴェンの小品で空間を柔らかくほぐしたかと思うと、リスト「4つの小品」「悲しみのゴンドラ第2稿」「暗い雲」では異様な峻厳さで聴く者に背筋を正させ、ドビュッシー前奏曲集第1巻より3つのプレリュード:帆、雪の上の足跡、沈める寺」では、輝かしくも金ピカではない、かすかに鈍くくすんだような音たちで包み込む……。そして遅いテンポでも、音楽の全体を一貫する太いグルーヴがあるから、集中を要しつつも心地よく、ピアニストの歩む方向へ一緒に連れて行かれるのだ。

 しかし大先生、舞台上ではニコリともせず「おまえら聴きにきてんじゃねえ!」みたいな(そんなわけないが)感じだったのに、サイン会では結構ニコニコしてジョークも飛ばしたりして、なんとも食えないオヤジなのだった。

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