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とはいえ、時を隔てて読んだ二つの訳から得た感動の質は少しも変わらない。最高の小説であり、これこそが小説というものだ。抜群に面白い冒険譚であり、なんとも魅力的な少年小説であり、言うまでもなく偽善(というよりも「道徳」そのもの)に対する激越な怒りの表明であり、大衆の愚かさに対する痛烈な皮肉であり、なによりも信じがたいほどに前向きの人間賛歌である。保坂和志がどこかで「楽天的な人間が文化をつくる」といった趣旨のことを書いていたが(たぶん『書きあぐねている人のための小説入門』)、ここでのトウェインこそが真に楽天的な人間であり、そういう人間だけが、『ハックルベリ・フィンの冒険』という、たんなる一作品を超えた一個の新しい文化を独力でつくりあげるという、空前ではないかもしれないが(たとえば『神曲』や『源氏物語』があったので)、おそらくほぼ絶後であることは間違いない、驚くべき偉業を成し遂げられたのだろう。それは、後のトウェインが厭世観を強め、人間を唾棄するような文句を書き連ねるようになったとしても変わらない。
先ほど、訳者解説の不備を指摘したが、作品中に登場する語句についての解説には有益な指摘が数多く含まれていることを書き添えておきたい。たとえば『ハック』の巻頭には、「この物語に主題を見つけようとする者は、告訴されるであろう。教訓を見つけようとする者は、追放されるであろう。プロットを見つけようとする者は、射殺されるであろう。」という作者からの「警告」が掲げられており、これまでの邦訳は最後の「プロット」を「筋書き」「話の筋」等と訳している。しかし、どう考えても、主題>告訴、教訓>追放というペアに対して、筋書き>射殺では犯した罪と刑罰とがあまりにアンバランスだ。それに、主題や教訓はあえて探さなければ見つからないのに対して、筋書きはこの本を普通に読めば「ハック少年と逃亡奴隷ジムによる川下りを軸とした、ロード・ムービー的冒険譚」であることは一目瞭然なので、見つけようとするまでもない。そこで、このプロットという語は筋書きという意味ではなく、「陰謀」という意味に解するのが妥当だという。これは腑に落ちた。
ただし、他の部分、とくにトム・ソーヤーの位置づけについては、僕は訳者とはかなり意見が違う。それについてはまた今度書くことにしたい。
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