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『小松左京セレクション 2』

小松左京セレクション 2---未来 (河出文庫)小松左京セレクション 2---未来 (河出文庫)
小松 左京 東 浩紀

河出書房新社 2012-03-03
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 東浩紀による『小松左京セレクション』、第2巻のテーマは「未来」で、1964年のエッセイ「廃墟の空間文明」が巻頭に置かれている。第二次大戦敗戦後の日本を一切の価値が解体した「廃墟」と規定し、その徹底した無の中に未来の自由を見出すという、ニヒリズムすれすれの苦みに満ちたこの文章は、いわゆる「未来学」の脳天気なマスイメージからはかけ離れていて、むしろ小松のあの酷薄な戦争小説(第1巻に初期の名作「地には平和を」「戦争はなかった」が収録されている)と饗応するような憤怒が全編を覆っている。これは「日本」をテーマにした第1巻に収録されてもよかっただろうが、同時に「未来」をテーマにしたこの巻にもふさわしい。小松左京の紛れもなくSF的な思弁に溢れかえった作品群にとって、敗戦後の日本という現実がどれほど必然的な条件だったか、ということがこれでわかるということだ。
 さらに、この巻を読んで改めて痛切に感じたのは、小松左京の作品を特徴づける未来や次世代をめぐる問い、すなわちわれわれは未来世代に(それが「誰」であれ!)何を残すべきか、何を送るべきかという普遍的な問いの強靱さは、若き小松左京自身の、かつて(無残な戦争と愚劣な軍国主義によって)不当に奪われた、あるいは扼殺された、本当ならありえたはずの、そして輝かしかったにちがいない〈別の〉幼少年期を奪い返すという、あまりにも実存的な希求とひとつのものである、ということだ。
 小松左京にとって未来世代とは、少年時代の自分自身なのだ。これほどまでに人類と自分自身とを精密に重ねた作家は他にはいないだろう。というか、自分のありうべき幼年期を取り戻すという不可能な企てを(テクストとしてであれ)遂行するためには、人類史的な救済の物語が必要であり、SF的な仕掛け(とりわけ時間移動とある種の「進化」論)が不可欠だったのだろう。
 そのことは、自伝的エッセイ『やぶれかぶれ青春期』で語られていた(と思う)、たった1年だけで終わった素晴らしい旧制高校の日々への哀切たる追憶の一節によく表されているように思う。また、大人たちが忽然と姿を消した世界の中で、早く大人として社会を動かすことを強いられ、12歳の誕生日にどこかへ消えてしまうことを運命づけられた子どもたちの奮闘を描く短編の名作「お召し」が、あれほどまでに読む者の胸をしめつけるのも、同じ理由からにちがいない。
 他方、代表作の一つと目される中編『神への長い道』(第1巻に収録)の主人公たちは、現代に退屈した果てに長期にわたるコールド・スリープを敢行し、はるかな未来にめざめる。そして結局、そこでも人類の未来が閉ざされていることを知り、しかし絶望に微睡むのではなく、男女関係を通じた生殖という作業の中に自分なりの未来への関わり方を見出すのだった。最高傑作『果てしなき流れの果てに』でもそうだが、時空を駆け巡る壮大なドラマがいずれささやかな男女の愛情関係に戻ってくることを、たとえば笠井潔のような人は批判していたと思う(『機械仕掛けの夢』)。でもそれはちょっと違うのではないか。「結局、家庭の幸福かよ」という話ではないのではないか。そうではなくて、小松左京はそこで、「そのエキサイティング(かもしれない)未来をつくるのは誰なの?」という問いを主人公に突きつけているのだ。刺激を求めて未来へのタイムトラベルするような輩は、自らが現在において未来をつくりだしてゆくという責任を放棄し、ちゃっかり楽をして素晴らしい未来という果実だけを手に入れようとしたことで、現在以上に退屈な未来しか与えられないというしっぺ返しを受けても仕方がない。それが、『神への長い道』の作者が主人公に突きつけた教訓なのではないか。そこでは、手近な男女関係と生殖活動に希望を見出すという回心は、私生活主義というような文脈ではなくて、歴史の中にかえってゆくための唯一の営みとして理解されるべきなのである(実際、本編を読めばわかるように、主人公たちには他にどうしようもないのだし)。
 小松左京がカントを重視するのも、こうしたことと関係があるように思う。柄谷行人が近刊でカントの世界政府論を評価しながら、歴史は悲惨を繰り返しつつ進歩するという残酷な事実を認識していた人としてカントを位置づけているが、小松左京こそは若き日から一貫してそうした残酷さを認識し尽くしていた人であり、だからこそ、歴史改変の可能性とその是非という問いに、あれほどの強度をもって執着しつづけたのにちがいない。
 念のため、小松左京を読んだことのない若い人たちのために付け加えておけば、それはもちろん「現実がダメだから別の良い現実に取り替えちゃえ」というような単細胞な話ではない。確かに戦争はあったはずなのにその認識が抹殺される「戦争はなかった」、一人の軍国主義者の妄想が平和ボケした人々に暗黒時代を蘇らせる「召集令状」、無残な歴史であれそれ(だけ)を生きる者にとって「間違い」だと言えるのかという切実な思考実験を繰り広げる「地には平和を」を読んでほしい。また、歴史の内部で未来をつくりだす責任という問題については、未来世代というテーマを真正面からとりあげた長編『継ぐのは誰か?』や、短編「歩み去る」など。特に後者は、人類が高次の存在へと変転するために通過しなければならない「ゲート」を探し求めて故郷を捨て放浪する若者たちを、見捨てられた旧世代の人間の目から描く物悲しい作品で、発表当時(1978年)は新世代への賛歌のように読まれることが多かった気がするが、僕としてはむしろ、此処にふみとどまって自ら未来を建設しようと苦闘することなく、どこかに用意された異世界へのゲートを探し求める人々への深い批判が込められているように感じた。変えられるのは現在だけ、現実だけなのである。
小松左京セレクション 1---日本 (河出文庫)小松左京セレクション 1---日本 (河出文庫)
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