戦う男たち、2匹の白い幼虫、海辺の家

 昨夜、冬樹蛉さんの[間歇日記]世界Aの始末書で紹介されていたブログ特殊清掃「戦う男たち」(←読者を激しく選ぶ内容なので、まず「自殺・孤独死・事故死・殺人・焼死・溺死・ 飛び込み・・・遺体処置から特殊清掃・撤去まで施行する男たち」という副題を見て、意を決した人だけ訪問してください)をイッキ読みしてから眠りについたら、そのせいかどうかはわからないのだが、久しぶりに奇妙な夢をみてしまい、えらく寝覚めが悪くて、今日はなんだかぼんやりした一日になってしまった。

 「戦う男たち」を読んでしみじみ感じたことを、ひとつだけ。人間てのは、液体なんだなあ、ということ。

 見た夢のほうはというと、どこか山間の村のようなところで、僕を含めた何人かが(僕以外はすべて子供だったと思う)、クワガタの幼虫のような虫を2匹ずつ渡されて、食べるように言われる。僕は右の手のひらに乗せた2匹の白い幼虫を、どうしよう、やっぱり食べなきゃだめかなあ、などと思案しながら、ちょっと囓ってみたり、なめたりしつつ、どこかへ歩いてゆく。するとそのあいだに虫はだんだん大きくなり、変形して、「頭は人間の髑髏で、体はタツノオトシゴ」といった風体になってします。さすがにもう食えないと思った僕は、しかしうかつにその辺りに埋めたら叱られるかもしれないと思って途方に暮れる、というストーリー。

 そんな呆けた状態で申し訳なかったのだが、午後に編集者の方と話した後、早めに帰宅して、HDレコーダーに撮りっぱなしにしておいた映画『海辺の家』を観る。離婚、失業、末期癌の三重苦に直面した中年男が、人間のクズまっしぐらだった息子を強引に巻き込んで、それまでの辛い人生が染みついた古い家を壊し、理想の新しい家を一緒に建てるという、少々甘ったるい話。しかしながら、途中からはもう涙滂沱としてとどめ得ず。いかった。

 余勢を駆って、ずーっと前に買ったままだった往年のディストピアSF映画『ソイレント・グリーン』も観てしまう。僕は2980円のときに「安い!」と喜んで買ったが、いつのまにか廉価版で980円になっていた。
 僕はこの傑作B級映画が描く暗〜い未来を偏愛しているのだ。小学6年生のとき、「未来の所沢市を想像して描きましょう」と言われて、破滅しかけた真っ暗な世界を思いっきり描いたら、しょーもないおばさんの先生に「人間はそんなに愚かではありません」とたしなめられたことを思い出す。いまとなっては、悪い指導ではなかったと思うけど。人類はそんなにすっきりと絶滅なんかできません、核戦争やなんやかやで人口が激減しても死に絶えたりはせずに、未来永劫のたうちまわって苦しむのですという筒井康隆のエッセイ(『狂気の沙汰も金次第』)を読んでほとほと感心したのは、それから2年後のことだった。