タイムズスクエアの詐欺師?

 きのうの夜、タイムズスクエアの人ごみの中を縫って歩いていたら、ぼくの右手が前を歩いている人の左手にぶつかり、何かが下に落ちた。勢いよく歩いていたのですぐには止まれず、少し通り過ぎたところから振り返ると、その人が路上の何かを拾い上げながら、こちらを睨んでいた。そもそもぶつかり方がちょっと不自然だったので――ぼくは東京でもかなりのスピードで歩くことに慣れているので、わざとでない限り、そんなぶつかり方をすることはまずありえない――なんかヘンだなと思いながらも「おー、あいむ・そーりー」と言いながら立ち去ろうとすると、しばらく歩いてからその人が肩越しに「エクスキューズミー」と声をかけてきて、振り向くとなにやらまくし立ててきた。顔を見ると、さっきまではかけていなかったはずのメガネをかけて、しかもそのレンズにヒビが入っている。
 これはじつは新手の詐欺(というほどのものでもないのだが)で、壊れたメガネ代を弁償しろと言いがかりをつけてくるわけだ。タイムズスクエア周辺では少なからぬ日本人が被害に遭っているという。一昔前は、水の入ったボトルを路上に落として割り、どうしてくれるんだとイチャモンをつけるのが常套手段だったらしいのだが、最近はもっとお手軽にヒビ入りメガネを道具にしているらしい。
 ぼくはそのことを知っていたし、だいたい相手の言っていることが全然聞き取れなかったのでなんだかムカついて、ちょっとキツい顔をつくって手のひらを振りながら「のー。のー。えくすきゅーずみー、バイバイ」とか言いつつその場を立ち去った。相手も別に追いかけてきたりはしなかったが、もし何も知らなかったらビビってしまったかもしれない。ニューヨークに観光にこれから来る人は気をつけてほしい。
 それにしても、そんなに効率のいい「仕事」だとは到底思えないんだけど、そんなにまともな仕事に困っているのか、それとも当たればでかいのかなあ。どう見ても安物のプラスチックのメガネをかけて文句をつけてきた彼の顔を思い出すと、理不尽とは知りつつも、なんだかちょっと悪いことをしたような気もしてしまうのはなぜなのか。
亀井俊介『ニューヨーク』
レム・コールハース『錯乱のニューヨーク』

写真は、アパートの近所にあるニューヨーク・タイムズ社のビル。現在、最新の高層ビルを建築中なので、近いうちに移転するのだろう。
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