きのう、1年生向けの授業でネタにしようかと思って持っていったが、結局つかわなかった表題作を、きょう電車のなかで読んだ。自分とは何かという問いを脳科学的な決定論と自由意志への信憑との葛藤から――さらにその深奥にあるのは個と進化との相克である――考える、とまとめれば身もフタもないが、このまさしくグレッグ・イーガンなモチーフを、最も哀切に描いた短編だろう。
それにしても、以前に読んだときは、自己がしょせんは進化の産物であることを受け入れる主人公の〈決意〉をきわめて肯定的なものと感じたが、今度改めて読み返したら、哀しみのほうがずっと重く胸に迫ってきた。かつて黄金時代のSFは、アイデアの斬新さが勝負であるがゆえに「決して二度読んではいけない」などと言われたが、遅くともエリスンやティプトリー以降の成熟したSFにはあてはまらない。イーガンにしても、ウェルズやハミルトンのような古典のような意味で「史上初」のアイデアがあるわけじゃない(とはいえ、「量子サッカー」の目眩く描写はかつてどこにもなかったものだと思うけれど)。むしろドラマと一体化したその思考実験の展開の突きつめ方にこそ面白みがあるので、すぐれた哲学書や評論と同じように、何度も読む度に新鮮な驚きがあるはずなのだ。
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こんなことはもしかしたら常識もいいところで、今頃こんなことに気づくのは遅すぎるのかもしれないが、まあ仕方がない、これからはすぐれた本を繰り返し読むことにしたい。そして若い学生諸君には、どんなにわからない本も石に齧り付くつもりでとにかく読んでおくことを勧めたい。それにしても、とっくに折り返し地点も過ぎたというのに、ますます長い寿命がほしくなるなあ。
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