キャッチャー・イン・ザ・ライ

キャッチャー・イン・ザ・ライキャッチャー・イン・ザ・ライ
村上 春樹

白水社 2003-04-11
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 だいぶ前にブックオフの100円コーナーで拾っておいた村上春樹の新訳を、昨日今日でようやく読むことができた。前に読んだのはもう20年以上昔の高校生のとき、そして『ライ麦畑』は、ご多分に漏れず、僕の生涯忘れ得ぬ一冊となったのだった。とはいえ、具体的に覚えているシーンは二つしかない。一つは語り手である少年ホールデンが、母親が送ってくれた荷物の中に新品のスケート靴を見つけ、スポーツ用品店であれこれマヌケな質問を繰り広げている母親の姿を想像して落ち込むところ。それは僕自身にとってもたまらないような胸の痛みをいまも感じさせるエピソードだ。もう一つは実質的なラストシーンで、雨の中、メリーゴーラウンドに乗る妹を眺めながら、なにがなんだか本当にわからなくなっていくホールデン

 それにしても、ということは、僕が小説の中身についてちゃんと記憶していたのはこの二つのシーンしかないということでもある。あとは、喋りまくるホールデン少年の痛々しさの、漠然と白っぽい感覚(野崎訳旧単行本の白い表紙のせいにすぎないかもしれないのだが)だけが自分の体内に残っていたということなのだ。村上訳は、かつて未熟な僕に永遠の夏休みを予感させ、少しばかりの恐怖とともにたじろがせてくれた躍動的な野崎訳に取って代わるものではないけれど、村上氏の案外と分析的な資質がよく発揮されて、克明な心理記述として通りのよい訳になっているように感じた。

ライ麦畑でつかまえて (白水Uブックス)ライ麦畑でつかまえて (白水Uブックス)
野崎 孝

白水社 1984-05
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 ちなみに、僕が一番好きなサリンジャーの作品は、『ナイン・ストーリーズ』に入っている「笑い男」。もちろん「バナナフィッシュにうってつけの日」もよい。ヘミングウェイのような無骨な、血の臭いのする残酷さが、むしろそれゆえに賞賛される世界の、よりいたたまれない種類の残酷さの方にこそ、息詰まり、胸の痛みを感じさせられたことのある(まともな)少年少女たちに、いつか一度はこの作品を読んでほしいと思う。ついでに、アフリカでそのヘミングウェイと邂逅し、「やたらと動物を殺しまくる男だった」と日記に記したイサク・ディネーセンの名作――『ライ麦畑』のなかでホールデンも読んでいる――『アフリカの日々』の、新装版が出たようなので、それも並べておこう。カップリングされているチュツオーラ『やし酒飲み』というやつの方はまだ読んだことがないけど、amazonの読者たちのコメントを読むと、とっても面白そうじゃないか。

ナイン・ストーリーズ (新潮文庫)ナイン・ストーリーズ (新潮文庫)
サリンジャー

新潮社 1986-01
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アフリカの日々/やし酒飲み(世界文学全集1-8) (世界文学全集 1-8)アフリカの日々/やし酒飲み(世界文学全集1-8) (世界文学全集 1-8)
横山貞子 土屋哲

河出書房新社 2008-06-11
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