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大学時代、1年生の時に第二外国語のフランス語を徹底してサボった僕は、一年の終わり頃にはさすがにこれではいかんと思い直し、2年時には厳しいと評判の3人の先生の授業をとった。その一つが鈴木道彦先生のサルトルやフィリップ・スーポーの講読で、もう一つが海老坂先生のシャンソンの歌詞を読む授業だった(ちなみに3つめは佐野先生という方のマルグリット・ユルスナールの講読だったと記憶しているが、これはちょっとあやふや)。当時、海老坂先生は50がらみ、鈴木先生はその5歳上で、自分が彼らの当時の年齢に近づいていることをふと思い起こすたびに愕然とする。すでに大学院時代の指導教授だった馬場修一先生の年齢(48歳)に並んでしまったときにも感慨があったが、次第にこうした経験が増えてきた。あたりまえすぎることだけれども。
海老坂武の文章の中で特に印象に残っているのは、1992年に出た『思想の冬の時代に』だ。この本の白眉は、1989年から91年にかけてフランスに滞在していた海老坂さんによる、湾岸戦争をめぐって激しく議論を戦わせるフランスの政治・言論状況についてのレポート「第4章 湾岸戦争日録」だが、その中の、イラク空爆後の1991年2月21日の日付をもつ日録に、ヒヤリとする一節がある。「日頃はマスコミでよく発言しながら、この時期になっても沈黙を守っている者、第一にデリダ、第二にソレルス。彼らが沈黙をしつつ現状を是認したことを私は忘れないだろう」(p.181)。その後、戦争がひとまず終わってから、デリダは湾岸戦争中の日付を記した本を出した。これについては当時、今はなき異色の雑誌『季刊 窓』で、米谷匡史君も触れていたと思う(院生時代、僕は、市野川容孝、稲葉振一郎、住吉雅美、朝日新聞学芸部の村山正司、米谷匡史らと一緒に、『窓』の書評欄を無給で書いていたのだ)。
もう一つ、海老坂さんの仕事で印象に残っているのは、もっとずっと前、学生の時に国立の古本屋で買った、若きジョルジュ・ペレックによる傑作『眠る男』の翻訳だ。68年前夜の鬱屈し沈滞した若い男の日常を二人称の研ぎ澄まされた文体で描き出す小説。うろおぼえではあるが、「おまえは沈黙を恐れている。/だがおまえこそは、誰よりも沈黙の多い男ではないのか」というフレーズが脳髄に刻まれた。当時の僕にとっては、ポール・ニザン『アデン・アラビア』よりずっと浸透力の強い小説だった。退屈な人間ほど退屈がるというこの真理は、その後の自分にとってのささやかな戒めとなった。
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