町山智浩『トラウマ映画館』

トラウマ映画館
トラウマ映画館町山 智浩

集英社 2011-03-25
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 名著。DVDにもならず、劇場公開もTV放映ももはや望めない、おぞましい世界をありのままに描いた映画たちの紹介である。町山智浩の本はどれも極めて面白いが、とりわけこれは最高。文字通り、読み出したら止まらない。人々がお互いを尊重し合う世界という理想を心の奥で信じながら、しかし巷に溢れるキレイゴト言説――その最新流行キーワードは「ケア」「相互依存」「つながり」「絆」「包摂」「ネットワーク」などである――には違和感をも抱かずにはいられない、むしろおぞましく嫌らしい現実を直視することだけが癒やしと力の糧になることを知っている、そんな読者に絶対的にお勧めしたい。

 25本の映画がとりあげられているが、読み進むうち、どうも親(とくに母親)が子供を破壊する話が多いことに気づく。映画というものがそもそもフロイト的枠組みを援用しがちなのかもしれないが、本書の終わり近くになって若干唐突に何度か言及される著者の自伝的記述から、それは必ずしも映画自体の側だけではなく、町山氏の側にも理由があったことがわかる。在日朝鮮人の父親をもったことによる日本社会からの疎外。会社経営に失敗した母親から数十億の借金の片棒を知らぬ間に担がされていたこと。その母親が死に臨んだ際に自身をとらえた、拭いようのない憎悪、そしてそのことに今なお苛まれる自分。「筆者と妹は知らないうちにその会社の役員にされていた」という一文が胸に迫る。親とは、平気で自分の子供に借金を押しつける生き物である。「悪気」はない、ただだらしないだけなのだ。だからこそ、子供は怒りを昇華しきれず、迷い続ける。危うく逃れたけれど、数千万円の(出所不明の)借金を肩代わりさせられる寸前まで行った経験のある僕には、町山氏の張り裂けるような葛藤がほんの少しはわかる気がする。相互なんたらといった言説で小金を稼いでいる方々には、一方的に頼られ・依存され・毟り取られる側のことも、ちょっとでいいからその心温まる理論に組み込んでいただきたいものだ。

 ちなみに、上記の引用箇所は『眼には眼を』という映画の紹介のなかに出てくるのだが、この映画の救いのなさはもの凄い。妻を助けてくれなかった医者に対する夫の復讐譚というプロットなのだが、その不毛さが、まさにリアルな砂漠を舞台に延々繰り広げられるのだ。いくつかのスチール写真が掲載されているが、そのシュールさはほとんど『不思議惑星キンザザ』だ。これともうひとつ、母親から無理矢理働かされまくっていたアイドル、チューズデイ・ウェルドが主演する『かわいい毒草』が、本書中のトラウマ指数ツートップであった。どちらもめちゃくちゃ観たいが、ツタヤはもちろん、Youtubeでも見つからない。