『ライフ・オブ・パイ――トラと漂流した227日』

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20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン 2013-06-05
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 採点を終えた昨日の午後は、映画館で観ようと思って見逃していた映画『ライフ・オブ・パイ』をブルーレイで観たのだった。転覆した船からの唯一の生存者が思い出を語るというつくりについては、予備知識がなかったので意表を突かれたが、これが効果的で、スペクタクル映画になんともいえない温もりを与えていた。映像は評判通りすばらしい。これはやはり映画館で3Dで観るべきだった。
 ただ観ている間ずっと、長期にわたって大海原を――しかも獰猛なベンガル・タイガーと一緒に――漂流し、ぎりぎりで生き延びるという冒険譚としては、あまりにも映像美が勝ち過ぎているんじゃないか、CGを駆使してファンタスティックな処理をしすぎているんじゃないか、という感もなくはなかった。文字通り死と隣り合わせの日々という生々しさがあまり伝わってこないことに不満を感じなくもなかった。途中からは、これはこういう映画で、子供にも安心して見せられるように作ってあるのだなと納得できたが、ちょっと微妙な違和感は残った。
 ところが……最後の最後、救出された直後の若き主人公が保険会社の調査員に体験を語るシーン、そしてそれを現在の主人公が聞き手に再話する場面に至って、すべてが理解されるのだ! 人は物語を生きる、という真理はもはや自明と言ってよい。そこに、精神分析が――かどうかはわからないが、少なくともフロイトのいくつかのテキストが――生命を保ち続けている根拠があるだろう。もちろん、物語と現実はもちろん別のものだけれど(物語や夢こそが真の現実だ、などとは言えない)、人が現実を生きるためには、現実よりも現実的な物語がどうしても必要なことがある。それをこんなエンターテイメント映画で、これほど徹底したやり方で、しかもあくまでも批評的に再認識させられるとは、思ってもみなかった。心底びっくりした。
 僕がこの映画を映画館で観そびれたのは、思ったよりも早く劇場公開が終わってしまったからで、あまりヒットしなかったようだが、たぶん宣伝が今ひとつだったのではないか。宣伝だけを見ていたときは、僕も、海洋冒険譚に絡めた猛獣との心温まる交流、みたいな漠然としたイメージしか持っていなかった。何人かの人が賞賛しているのを読むまでは、それほど気になる映画ではなかったのだ。ではどうすればよかったのか、と言われれば、僕にも名案はないのだが。