ピアノ・レッスン

 そうだ、引っ越して最初に観た映画は、このあいだヴァージン・メガストアの安売りカゴで見つけた『ピアノ・レッスン』(原題は"Piano")だった。僕がこよなく偏愛する(変な日本語?)、手が切れるように鋭く美しく、そしてむせかえるような愛欲の夢物語。何度観ても良い。以前にNHK-BSで放送されたのを観て、録画しておいたのに、そのうちDVDを買えばいいやと思って消去したら、なんとしばらくのあいだDVDは入手不可になっていた。けしからん。しかしさっきAmazonで調べたら、いまは無事に出ているらしい。しかもリマスターされて。僕が買ったアメリカ版もリマスター版で、たしかに映像は改善されていた。ニュージーランドの浜辺にぽつんと置かれた古いピアノというあの光景は息を呑むほど綺麗だった。

 いま読んでいる本は、Rayna Rapp先生のセミナーの来週のassignmentのひとつで、Annemarie Mol, The Body Multiple: Ontology in Medical Practice, Duke UP, 2003. オランダのある病院における動脈硬化に関するフィールドワークなのだが、著者は人類学者や社会学者ではなく、医学の基礎教育も受けた哲学者で、本書の叙述もエスノグラフィと現象学的分析のあわいを行くような、繊細で内省的な感触がひと味違う本だ。エスノグラフィ部分がページの上半分に、それに関連するビブリオグラフィ部分が下半分に印刷された体裁も、デリダGlasほどではもちろんないが、たくらみのあるもの。