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『アイアムアヒーロー』7、『自殺島』6

アイアムアヒーロー 7 (ビッグコミックス)アイアムアヒーロー 7 (ビッグコミックス)
花沢 健吾

小学館 2011-09-30
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自殺島 6 (ジェッツコミックス)自殺島 6 (ジェッツコミックス)
森恒二

白泉社 2011-09-29
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 どちらも(『進撃の巨人』等と並んで)ベタというか正攻法というか、あまりにも「時代」を反映しまくった極限状況ものの新刊。しかも、元々の世界ではダメだった男が状況のなかでだんだん中心人物になっていくという設定も共通している。違うのは、前者が明らかに岡崎京子以降の文学的繊細さに満ちているのに対して、後者はきわめて素朴なヒューマニズム路線であることぐらいだろう。いい加減にいえば、大江健三郎新田次郎みたいな違い(ちがうか)。ともあれ、僕はどっちもつねに単行本を発売日当日に買って速攻で読む程度には好きなのだが。

 今回面白かったのは、両者における「女性」についての語りにほとんど同じ思想が登場していたこと。『アイアムアヒーロー』では、謎のゾンビというかハイパー吸血鬼みたいな連中(ZQN)に取り囲まれてかろうじて少人数の人間たちが生き延びている要塞めいた空間で、お約束通り、頭のイカレた数人の男たちが独裁制を敷いているのだが、そいつらが女たちを「性処理道具」として言いなりにさせていることに対して、主人公(を含めた数人)が――むろん、悍然と、ではなく、かなりグダグダと、だが――抵抗するシークエンスが印象的である。他方『自殺島』でも、ほとんど同じ状況ができあがっていて、主人公たちと対抗しているコミューンを語る、あいつらは「女性を仲間というより/労力や性の対象として見ているんだろう」という台詞が、物語を動かす重要な位置に置かれている。

 これをフェミニズムと呼ぶべきか? 少なくとも、フェミニズムのささやかな勝利と呼ぶべきだろうか。――然り。もちろん、そうだ。

 そしてここには、『アイアムアヒーロー』と『自殺島』の、恋愛論としての本質が集約されていると思う。「非モテ」の中の少なくとも一部が、20世紀末ダメ連的隘路を突き抜けて、また、恋愛資本主義の犠牲者ブリッコへの居直りというしょうもない底なしの底への落下から反転して、しかし恋愛至上の勝者に成り上がるという物語とは別のやり方で非モテを超克しうる道筋を、いかにして見いだすか? それがこの二つの漫画の本質的なテーマであり、どちらもその主人公が答えを見いだすまでの、長く遠回りの地獄譚であるように思う。(そのためにほとんど全人類がゾンビになったり殺し合ったり、自殺未遂者だけを集めた孤島に強制移住させられないとならないというのが、現在における恋愛の不可能性というかアホらしさというかを示している、というのはその通りなのだが。)