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男性学

 一昨日の晩はアメリカにおける「男性学」の先駆者の一人として知られる社会学者Michael S. Kimmel氏の講演を聴いた。NYUの「The Center for the Study of Gender and Sexualityの主催で、"What has happened to..." という講演シリーズの2回目(1回目のテーマはレズビアンフェミニズム」)。キンメルさんは、ポール・サイモンを浅草育ちにしたような風貌の調子のいいオッサンだったが、話の内容は的確で、「男性学なんてもう終わったというような雰囲気があるが、そうではない」ということをコンパクトに、スタンドアップ・コメディ芸人みたいな喋りで一気に駆け抜けた。
 特に印象に残ったのは2点。一つは、プロ・フェミニズム男性学もまだまだこれからであるということの反面、それとは正反対の「強い男を取り戻せ」的な男性運動が、十年前にあれほど盛り上がりながら(スタジアムに何万人も集めて集会をやったりしていた)どこかへ消えてしまったのはなぜかと新聞記者に聞かれたが、とんでもない、かれらは消えてしまったのではなく、各地元の既存教会に溶け込んで目立たなくなっただけなのだということ。
 もう一つは、これはアメリカでも日本の反フェミニズム(バックラッシュ)でも全く同じなのだが、それを唱道する人々は「男は弱い」「本当の権力を握っているのは女だ」ということを強調する。それにはそれなりの背景があって、そこにはいろんな要素があるので全体像を示すのは難しいが、一つ、「自分の特権性を直視するのは難しい」ということがある。その例としてキンメル氏が挙げていた体験は、何年か前、レイシズムの問題を議論するために何人かが集まったときのこと。参加者の一人は「私はイタリア系なので、生粋の白人じゃないんだが……」、別の一人は「私はユダヤ人なので、白人ではないんだが……」と口々に、居心地悪そうに自分のポジションをずらそうとし始めたという話で、これには僕も爆笑、しかしその後に少々の居心地悪さが残ったのも確かなことだった。