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講談社現代新書四題

 分子生物学者が「生命とは何か」を語る。とても面白い科学エッセイなのだが、その面白さの大部分は科学史的な記述のおかげである。とりわけ、ワトソンやクリックの影でノーベル賞の栄光から捨て置かれたロザリンド・フランクリンの話には胸が痛み、かれらに先立って遺伝子の正体がDNAであることを突き止めようとただ黙々と研究に専念したエイブリーのエピソードには居住まいを正される。
 そこで肝心の問いの答えは「動的平衡」なのだが、率直に言って「えっ、それだけ?」という感を禁じ得なかったなあ。というか、著者は盛んに「平衡」を繰り返すのだが、素人なりに熱力学の用語で考えると、外の系とやりとりしながら時間軸上で一定の形状なり運動なりを保っている生物というものは「定常」系と呼ぶほうが妥当なのではないかという気がするんだが……。あと、「生命の本質」争いで「自己複製機能」と「動的平衡」を対立させたり、進化生物学の「ランダム」概念に分子レベルで突っ込んだりするのはスベっているとしか思えなかった。
 とはいえ、読んで愉しい科学啓蒙書です。

 こいつはたいへん面白く、それ以前に異様にわかりやすい。系統樹思考と分類思考の違いについての腑に落ちる解説、系統樹が生物進化以外の分析にも有効なことなど、「文系」の学生もぜひ読んでみてほしいと思った。
 あえて難癖をつければ、少々分かりやすすぎないかな? 著者が専門書のほうでやっている、ドゥルーズ=ガタリの「リゾーム」批判など、もちっとフックのある話題を入れてくれてもよかったかもと思う。





 その主張のいかなる部分にもまったく賛成できないのに、全体として圧倒的に凄いと思わされることがある。とはいえ、そんなことは滅多にないのだが、スピノザの思考がまさにその希有な例であることが改めてよくわかった(スピノザの思考自体がわかった、という自身はまるでない)。興味はあっても、『エチカ』とかドゥルーズスピノザ論の拾い読みからなかなか先へ進めない人にオススメ。こんなとんでもない人の言うことを、とりあえずわかるとかわからないとかのレベルで読む必要などなかったのだ。すべては必然であり、われわれはすでに至福である。もちろん僕はそんなことは微塵も信じないが、「その通り」と言いたくなる。著者・上野修氏の軽妙な語り口は、さりげなく熱い。



 これは名著だと思います。特に「法」をめぐる平明かつシャープかつ奥深い記述に感銘を受けた。一人で書いた哲学事典というと、いにしえの中村雄二郎『術語集』(岩波新書)あたりを思い出すが(遠い目)、テンションがまったく違う。そこに、良くも悪くも、と付け足したくなるのは、鋭い筆致のそこかしこに微妙なこわばりめいたものを感じてしまうから。ただそれは、僕が憧憬する「精神の自由」が著者とは異質だからで、著者からみればそれは堕落と呼ばれるかもしれない。むしろ、現代の『人生論ノート』というべき趣か。