良い死

良い死良い死
立岩 真也

筑摩書房 2008-09
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 この10月、共同通信のために書いた立岩真也『良い死』の短い書評を転載します。いくつかの新聞に配信されたはずですが、確認はしていません。

 重度の障害や難病とともに生きる人たちの傍らで、望ましい社会のあり方を粘り強く模索してきた社会学者による、「尊厳死」に対する透徹した批判の書である。
  誰かがひどい苦痛にさいなまれながら生きているとき、周囲の人間がなすべきは、その人の苦痛をできるだけ軽減し、より健やかに生きられるよう助力することであるはずだ。それはむしろありふれた常識ではないか。だが全く反対のベクトルをもつ主張、すなわち「不治かつ末期」の病者に速やかな死を与えよとする「尊厳死」の思想が勢力を広げつつある。それは「自己決定」や「自然」といった、聞こえのよい修辞に彩られ、また「無駄な延命措置」といった脅迫めいた文句にも後押しされて、少なからぬ人々、とりわけ「他人に迷惑をかけること」を何よりも忌避する心優しい人々に訴えかける。
  そのように尊厳死がなし崩しに制度化されようとする現状に対して、立岩は全面的な抵抗を試みる。全面的とは、威勢はいいが一面的な対抗スローガン(「生命尊重」など)を掲げることでよしとせず、それにかかわるあらゆる問題をあらゆる角度から丹念に考え抜くことによって、という意味だ。その水際立った考察をかいま見せる論点を一つだけとりあげよう。
  尊厳死は、他人に迷惑をかけたくないという利他的な心情に基づくという。だが、尊厳死が制度化され、価値のない生命といった考えが一般化すれば、重症ではあるがまだ生きられるし生きていたい人たちの存在は否定され、ますます不本意な死に追いやられる。尊厳死は他の誰かの死を招き寄せるのであり、ゆえに利他的どころではないのだ。だから「死ぬ方向に巻き添えをくう人の側に立って、死ねない人には我慢してもらうことにする」のだと立岩は言う。
  生産性のない人間には生きる価値がないという暗い〈気分〉がはびこる現在の日本において、本書は尊厳死や終末期医療のみならず、人間をめぐる諸問題を真剣に考えようとするすべての人にとって必読の書である。