「大学院基礎演習」の二番目のテキストは、マックス・ウェーバーの名高い短編「世界宗教の経済倫理・中間考察」。ここでウェーバーは、なぜ宗教(プロテスタンティズム)だけが資本主義を生みだす原動力になったのかという例の問いを、戦争、性といった、人間を突き動かす他の要因、いわば宗教のライバル候補との対比において論じている。
その白眉は性という不可解な力をめぐる深く鋭い洞察だ。ウェーバーがフロイトを高く評価しつつも批判し、同時代の「性の解放」運動にも微妙な距離をもっていたことは、上山安敏『神話と科学』等を通じてよく知られるようになっていると思うが、単なる「堅物」ではない洞察力あふれる人間ウェーバー像を念頭において読むと、「中間考察」における性をめぐる叙述はより一層の迫力を帯びて感じられるようになる。
そうしたウェーバー像を描き挙げるのに最も功績のあった立役者マーティン・グリーンの『リヒトホーフェン姉妹』には、こんなエピソードが出てくる。ウェーバーは「中間考察」を何度も書き直し、「そのたびごとに性的および美的経験について、より詳しく、より共感をもって述べられているのがわかる」(邦訳240-241ページ)。バウムガルテンは、この拡大の歴史が、
ちなみに「エルゼ」とは、グリーンの本の題名になっている、同時代のドイツの知的世界に独特の存在感を発揮したリヒトホーフェン姉妹の一人、美しく鋭敏なエルゼ・ヤッフェのことである。一九〇八年、ヴェーバーがハイデルベルク城への散歩の途中でエルゼに「でも、あなたはエロティシズムの中に何かの価値が具体化しているとは言わないでしょう」と訊き、これに彼女が「していますとも、美です!」と答えたときからはじまった、と言っている。その彼女の答えにヴェーバーは沈黙し考え込んだそうである。それは彼にとって未知の考え方であった。
ウェーバーはとにかく本人の文章の密度が凄いので、わからないことが出てきてもとにかくその中に身を投げ出すのがいちばん。お行儀の良い概説書では、その魅力は消えてしまう。まずは邦訳もこなれた『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』を読むのがいいでしょう。同時代の知的空気を味わいたい人には、上山、グリーンの前掲書。入門書としては、ウェーバーが何と戦おうとしたかに焦点を絞った山之内靖のものが僕は好きで、繰り返し読んでも飽きない。山之内流読解の源流といってもよい、K・レーヴィット『ウェーバーとマルクス』は、いまなお迫力のある論文。
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