2月6日の東京フォーラム。2月9日のNHKホール。2月21日と22日はさいたまスーパーアリーナでエリック・クラプトンとの「奇跡のジョイント」。2月はジェフ・ベック月間になってしまった。
ジェフ・ベックは僕にとって特別なアーティストだ。ジョン・レノンやザ・フー、ボブ・ディラン、ブルース・スプリングスティーン、ブルーハーツ、ブランキー・ジェット・シティといったヒーローたちとは全く別の系列の、しかしある意味で彼ら以上にかけがえのないヒーローなのだ。歌い手ではなくギタリストだから、というのもあるが、それだけでもない気がする。音楽から受けとるものが、全く違うのだ。
なんというか、ジェフ・ベックの音楽に、僕はいかなる感情も動かされないような気がする。「哀しみの恋人たち」を聴いて哀しい気分になる人なんているだろうか。悲しいとか嬉しいとかいった情緒が、ジェフの音楽にはほとんど籠もっていない。じゃあ理知的かというと、そうではない。もちろん、単純にカラダに訴えかけてくるダンス・ミュージックでもない。どう言い表せばいいのか、もう30年もorzジェフ・ベックを聞き続けていながら相変わらず謎なのだが、とにかくジェフの音楽は僕を興奮させ、すっきりさせ、しゃきっとさせ、どこかへ向けて〈開いて〉くれるのである。ストレス解消というよりは、そういう聴く者の都合などおかまいなく、いきなり別の場所に立たせてくれるという感じなのだ。
僕がはじめてジェフ・ベックを聴いたのは、名作『ワイアード』が出てまもなくの頃、1976年だったと思う。どこで知ったのかは忘れてしまったが、ジャケットがやたら格好良くて、しかも故・長岡鉄男が「ロックとしては音質がいい」と書いていたので、LPを買ったのだった。そして1曲目の「レッド・ブーツ」が鳴り出して数秒で、正真正銘ぶっ飛んだ。気がつくとカラダが勝手に踊り出していた。その後、友達を呼んで鑑賞会?をやったときも、全員が興奮し、全員であの変拍子のリズムに合わせてめちゃくちゃな踊りを競いだしていた。恐るべきリズム、暴れ回るギター。自分が音楽と融合する、はじめての経験であった。
動くジェフ・ベックをはじめて観たのは、1980年12月の武道館だった。アルバム『ゼア・アンド・バック』のツアーで、ドラムがサイモン・フィリップス。もう高校生だったけれど、周りにジェフ・ベックのファンなどいなかったから、一人で見に行った。アリーナの前から何列目かという良い席で、ベースの音が床を伝わり、僕の腹を震わした。あと覚えているのは、ドラムのタムがやたらたくさんあったこと。そして何より、アンコールでジェフが、ミニチュアのテレ・キャスターをかきむしりながら、「ゴーイング・ダウン」を歌ったこと! その後、何回もジェフ・ベックのステージを観たが、歌うのを観ることはできない。
今回のステージは、どれもとっても素晴らしかった。一昨年のステージを収録した『ロニー・スコッツ・クラブ』のDVD/ブルーレイが出ているが、東京フォーラムもNHKも、それ以上のパフォーマンスを展開してくれたと思う。多くの人がいうように、若き(22歳!)女子ベース奏者のタル・ウィルケンフェルトの的確なグルーブと味わいのあるフレージングが良かったし、ドラムのヴィニー・カリウタは文句なしにスーパーだった。かれらと対峙して、ジェフ・ベックは本当に楽しそうに見えた。そして、相変わらず、拍数を間違えるんじゃないか、音を外すんじゃないかとヒヤヒヤさせながらも、随所でめくるめくようなフレーズを決めまくってくれた。録音されたものも含めて、いままでライブの「レッド・ブーツ」はあまり良くなかったけれど、NHKホールでのそれはかなりの出来で、過去最高だったかもしれない。以下、聴いたことのない人には何のことかわからないはずなので申し訳ないのだが、エンディングであの「たらららっらら・らっらっらら・たらららっらら」というリフを決めるとき、ジェフは最後の音符を2オクターブ上の音にして「ギュイーン!」と伸ばして終えていたのが、もう全身総毛立つほどに格好良かった!
さいたまスーパーアリーナでは、クラプトンもたいへん良かったけれど(僕は彼の音楽も好きだ)、やはりジェフのギターが圧巻だった。たぶんクラプトンは、一日目のジェフのギターに圧倒されたのだろう。『ギター・マガジン』のレビュアーも書いていたけど、2日目は少しナーバスな感じで、ジェフにあまり顔を向けなかったような気がする。そして、どの曲でだったか、交互にソロをとっていて、ジェフのソロがあまりに凄くて観客が感極まったように盛り上がったとき、もう負けたよというかのように「ジェフ・ベック!」とやけくそ気味の大声で叫んだ場面が、しんみりと心に残った。もう一つ、これはクラプトンが登場する前の、ジェフのバンドだけの演奏中のことだったのだが、タルのベースソロにジェフが割り込んできて、後ろからタルのベースのネックに手をかけ、二人で一本のベースを弾く(「フリーウェイ・ジャム」のフレーズも飛び出した)というパフォーマンスが微笑ましかった。ジェフ・ベックはいま、音楽を心底リラックスして楽しんでいる。それを思うと、なぜだかちょっぴり涙が出てきたほどだ。
おっと、ジェフ・ベックについて書いていると、いつまでたっても終わらない。ひとつだけ、僕にとってのベスト・トラックは、ヤン・ハマー・グループとのステージを収めた『ライブ・ワイアー』の中の「蒼き風」。このアルバムは全体としては少々だるいのだが、ジェフの持ち曲は素晴らしく、特にこの曲の演奏はベスト。早弾きや複雑なフレーズはほとんどないのだが、ソロ冒頭のフィードバックと、それにつづいてぶちかまされるハーモニックスの連打が、もう史上最強、空前絶後のかっこよさなのだ。「ロック・ギター」のイデアがここにある。
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