動物学からの倫理学入門

動物からの倫理学入門動物からの倫理学入門

名古屋大学出版会 2008-10-30
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 動物解放論を主軸とする倫理学入門書。著者ならではのざっくばらんかつ正確な文体で、倫理学のほぼ全分野を網羅的に解説している。背景知識なしに読んでいけるという意味でも、目配りのよさや文献案内の充実度からしても、現時点ではちょっと他の追随をゆるさない再考の「入門書」だろう。とはいえメタ倫理学のけっこうややこしい議論もきちんと紹介しているし、歯ごたえも十分にある。

 多くを学ばせてもらったが、非同一性問題/存在先行説のところは腑に落ちない点も残った。

しかし、先行存在説は置き換え可能性テーゼを否定するだけの目的で、たいした根拠もなく恣意的に導入されているように見える。この立場をとる根拠はあるのだろうか。一つ考えられるのは、「存在する状態」と「最初から存在しない状態」の幸福の度合いは比較のしようがない、というものである。(中略)しかし、よく考えてみると、「生まれてきてよかった、お父さん、お母さんありがとう」と思う人はいる。これは生まれてきた現在の状態と、生まれてこなかった状態(最初から存在しない状態)を比較して、生まれてきた現在の状態の方がよいと判断しているわけで、実際そういう比較をわれわれは行っているのである。こういう例を思い浮かべると、「そもそも存在しない状態との比較なんてできないはずだ」というのはあやしくなる。(249-250ページ)

 だが、ここで「比較」と書かれている作業において行われているのは、ほんとうのところ何なのだろうか。功利主義が、相異なる二人の主体(AとB)の幸福の度合いを比較できると前提する場合は、AあるいはBいずれかの主観性において比較するわけではない。しかし、存在先行説において問題となる「比較」とは、第一に、AとBとの比較をAという主観の内部から行うという意味で客観的な比較ではなく、第二に(こちらの方が根本的な問題なのだが)、Aから見て比較対象であるBという主体または主体の状態の存在性格がはっきりしない(というか、存在していないのに自己の状態について判断する存在者というのは矛盾であり、したがってそんなものは存在ではない)。だから「生まれてきてよかった」あるいは「生まれない方がよかった」という型の判断を、功利計算と同列にみなすことはできない。
 「そうは言っても、われわれは実際にそういう比較をしているんだから」というのも、あまり説得力がない。このあたりは色々ややこしいところだが、ひとつだけ言うと、少なくとも、日常言語で比較として通るのだから比較できているんだというのは、そのままでは通らないだろう。「自分が生まれなかった場合のことなんかわかるわけないじゃん」という言い返しもまた、日常言語のレベルでもそれほど難解ではなく、そのような比較は意味をなさないということを他人に納得させることは、それなりの合理性を備えた相手であれば十分に可能なのだから(そういうことを言うと嫌われる、ということはあるだろうが)。

 という風に、「え、それでは話は終わらないんじゃないの?」という箇所はいくつもあるのだが、そういう読者の反応もまた著者の術中にはまっているだけなのかもしれない。とにかくすいすい快適に読めるので、現代英米の倫理学について一通り知りたい、今後の勉強の土台となる最低限の見通しを得たいという読者には、非常にお薦めできる。