自由論

 朝青龍や国母選手が――絶対数はたいして多くないはずの――「匿名」にすがって他人を攻撃するしか能のない連中からのバッシングにさらされ、まあそこまでは仕方ないといえば仕方ないのだが(どんな世の中にも卑小な人間は一定割合で生息しているので)、それに対して過敏にあわてふためいた関係者の自己保身によって、引退を強いられたり(問題とされた暴行事件の真相などまるで明らかにされていないのに)、試合に出られなくさせられそうになったり(スキー協会の一時の反応)、応援会をとりやめられたり(下の記事を参照。東海大よ、別に犯罪を犯したわけでもない自分とこの学生ぐらい、もうちょっと守ったらどうよ。しかも単なる内輪の催しでしょ?)、良識ある人びとからは「日本はいつのまにポルポト派の支配下におかれていたのか!?」という声もあがりつつある昨今、怖いな……と思えるまともな感性をかろうじて保っている学生諸賢には、落ち着いてJ・S・ミルの名著を熟読することを強く勧めたい。

*国母選手の応援会中止 東海大札幌キャンパス (アサヒコム2010年2月15日19時53分)
 バンクーバー五輪スノーボードハーフパイプ代表、国母(こくぼ)和宏選手(21)が在籍する東海大は15日、札幌キャンパス(札幌市南区)で競技当日の18日に開催予定だった応援会を中止すると発表した。
 大学によると、応援会は数百人収容の講堂で、テレビ中継に合わせて行う予定だった。だが、国母選手の態度などへの苦言電話が約300件、メールが約400件寄せられたため、取りやめたという。

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 開巻早々、ミル大先生はいきなりトップスピードで吠えまくる。

社会的暴虐は、必ずしも政治的圧政のような極端な刑罰によって支持されてはいないけれども、遙かに深く生活の細部にまで浸透し、霊魂そのものを奴隷化するものであって、これを逃れる方法はむしろ、より少なくなるからである。(岩波文庫版15ページ)

法または世論によって強制されてきた行動および忍耐の行為の規則を、決定するいま一つの大原理は、俗世界の君主たちや彼らの神々の好むところ、または厭うところと想像されるものに迎合しようとする、人類の奴隷根性であった。この奴隷根性は、本質的には利己的なものではあるが、偽善ではなくて、完全にまことの嫌悪の感情を発生させ、人々を駆って魔術者と異端者とを焚殺させた。(19ページ)

世間一般に、世論の力により、また立法の力によってさえ、個人に圧迫する社会の権力を不当に伸張する傾向がいよいよ増大している。そして、世間に起こりつつある一切の変化の示している傾向は、社会を強化し個人というものの権力を縮小させるということであるから、この〔個人の権力に対する不当の〕侵害は、自然に消滅してゆく傾向のある害悪の一つではなく、これに反して、ますます恐るべきものとなろうとしている害悪の一つなのである。(32ページ)

 若く未来のある学生諸君、「奴隷根性」に塗れ、「道徳」や「世間」という錦の御旗を大きく振って(そして自分の顔はその陰に隠して)いないと不安で不安で仕方がない人たちを、優しい憫笑をもって見逃してあげよう。もちろん、ポルポトにしてもルワンダにしても、いちばん「道徳的」な人たちこそが無辜の民を嬉々として虐殺したのだ。けれども、ミル先生も仰っているように、そういう人たちはもうどうしようもないのだから(人間性を改良することなどはそもそもできないのだから)、せめて不必要に盛り立てて権力を与えないようにするしかない。だから、そういう人たちによる血走った「抗議」など軽く流して(もちろんそれが「脅迫」の領域に入ってきたら犯罪として告発すべきだが)、何かマスメディアが騒ぐような事件が起こったときは、何が本当に悪く何がそれほどではないのかを、自分の頭でじっくり冷静に考える、そういう「精神の習慣」をくれぐれも養ってください。
 朝青龍のいない大相撲は、なんて寂しいのだろう。